2024年11月30日土曜日

クソ面倒な話 その百七

 

 承前。『戦士の文化』と少子化の話から始めてしまった。本題は「戦争にチャンスを与えよである。曰く「戦争は巨悪であるが、大きな役割も果たしている」。認めたくない事実だが、戦争が紛争を解決し平和をもたらす事があるから、だと説く。一つの解決に至る迄戦争は続けられる、暴力が積み重なる段階を過ぎた後になってようやく平和をもたらす。

 戦争もしくは紛争が起きたら双方疲れ果てる迄やらせる、と言う理論だ。偉く乱暴だが、疲れ果てて終わった戦争もしくは紛争は、再建へと続く。いけないのは第三者によって強制的に休戦させる事、それは次の戦いの準備に過ぎず再建は始まらない。バルカン半島の例で詳しく説明している。

 と言う事は何かな、ウクライナの戦いは双方くたびれ果てる迄やらせろってか。その間に多くの人が死んで行くのだが、そうしなければ本当の平和は来ないと言うのだ。「戦争が平和をもたらす」。外部からの介入に依ってあまりに多くの戦争が「終わる事のない紛争」になったとルトワックは嘆く。逆説的にも程があるが、リアルに見ればそうなのだろう。

 そうだとしても、ウクライナへのロシアの侵略はどうなんだろうか。トランプ大統領(来年からだが)は即座に終わらせると公約している。詰まり、大国の介入に依って半端な侭で停戦を強いると公約しているのだ。トランプが睨んでいるうちは良いだろうが、彼が去ったら又プーチンが侵略を再開するか、ウクライナが失地回復を試みるかも知れない。ルトワックの理論に依るとそうなる訳だが。

 トランプは力ずくで戦争を止めてはいけないって事なんでしょうね。北朝鮮軍を投入し始めたのだから、西側諸国もステージが一段進んだと捉えて、本気でウクライナを支援して、半端な形ではなく、全くロシアが戦争を継続できなくなる迄戦い続けるしかない。今ならルトワックはそう書くでしょう。(続)

2024年11月27日水曜日

クソ面倒な話 その百六


  エドワード・ルトワックは世界的な戦略学者として各国の軍でもその理論は研究されている。彼の著作「戦争にチャンスを与えよ」に、日本で唯一人の戦略博士の奥山真司が問い掛けた内容を加えた新書版「戦争にチャンスを与えよ」を今更乍ら読んだ。七年前の本なので阿部首相も生きているし、ウクライナ戦争も起きてはいない。それでも彼の戦略論はリアリズムに基づくので、状況は変化しても論理は変わらない。彼の説は偉く逆説的に思えるのだが、それが現実と言う事らしい。

 ホメロスの「オデッセイア」と「イーリアス」が一昔前のヨーロッパ人の思想の根本的な位置を占めていた、と言う。特に「イーリアス」は戦士の美徳を教えていて、その上にキリスト教的情熱と戦闘的要素が加わってヨーロッパが世界を制覇した、と彼は説く。

 「イーリアス」が説くのは二つのみ、一つは『男は戦いを好む』、一つは『女は戦士を好む』である。成程ね、男は戦いを好み女は戦う男を愛するって訳か。ヤクザ映画でもCIA陰謀映画でもその傾向はありますね。

 現在のヨーロッパ(や日本)ではその考えは否定されている。戦争を否定し暴力を嫌悪する。当たり前じゃないかと思うが、彼はヨーロッパ(や日本)の女達は愛する戦士を失って子供を産まなくなってしまった。詰まり『戦士の文化』を失うと少子化が進み、文化に革命的変化がなければ、やがてヨーロッパ(と日本)は滅んで行くと予言する。この説はイスラエルの軍事学者マーチン・フォン・ケレフェルトが唱えたものだ。勿論嘲笑う人が物凄く多い説だが、その嘲笑う人々の多い国ほど少子化に悩んでいるのが現実だ。

 アメリカはアイルランド系やスコットランド系、詰まり銃を手放さないと言う人々、そしてヒスパニック系の人々も『戦士の文化』を未だに持っているので、ヨーロッパ程の打撃はない、としている。続きます。

2024年11月25日月曜日

閑話 その四百六十七

 


 この間の弘法山でアザミを撮ろうとした。望遠で引っ張ったのだが、ピントが動き続けて合ってくれない。ピントは今だっと、何枚か撮ったが皆見事にピンボケ、小さな花のアップは無理でした。お子ちゃま用なのでね。引いた花の写真なら上の様に何とかなるですよ。でも、高山植物は小さいから撮影不能ですなあ。もう高山植物を見る事もないだろうから問題なしですなw

 書類もピントが合わない。メールに添付して送ろうと思って撮ろうとしても、ピントが動き続けて定まらない。どういう思想でこうゆう造りにしたのかと、ため息が出る。スマホの写真機能の方がずっと上等じゃないか。

 これだと決めたカメラが三ヶ月待ちだったので、たまたまあったお子ちゃま用にしたとは書きましたね。他のメーカーのちゃんとしたカメラもあったんだけど、値段が張ったのでお子ちゃま用にしたのだから自業自得、カメラに文句を言うのは筋違いでしょう。


 
 とは言うもののですよ、遠景だけはバッチリでっせ、ってえなら未だ良い。バッチリななんかじゃないんだよねえ。上の写真は好天の日なのに、何だかぼんやりしちゃってんの。一眼レフと比べるのが間違ってるのは分かってますって。次女の撮って来るスマホの写真と比べても、全然質が落ちるんですって。

 ん、こうなりゃスマホを買ってカメラにするてえのはどうだろう。処がですよ、スマホには望遠がない。お子ちゃま用には望遠機能がある。山だと望遠は欠かせない。遠くの山も、どうしても撮りたくなるですよ。ぼんやりしたとしてもです。それが何になるんだ?と尋ねられたら、答えに詰まってしまうんですけどねw

 唯一の救いは(?)もう本格的な山には行かない(行けない)事。いやはや情けないですなあ、救いでも何でもない。丹沢こそがこれからはメインなので、少しでも綺麗に映して下さいね、IXYさんよ。