2025年1月14日火曜日

閑話 その四百七十四

 


 去年の十一月に、初老の男性が大山を下っている時に滑落し亡くなった。一昨年にも一人、下りで滑落し亡くなっている。

 一体どこで滑落するんだろう。大山の登山道は一級国道、危ない所なんざないのだが。でも、落ちる時は落ちるんです。男坂の階段から転げても、大怪我か死亡だろう。道の端を歩いていて、一寸とバランスを崩せば落下する。どこでも遭難はできますなあ。え、不謹慎ですか? 確かに、誰も遭難したいとは思っていない、失礼しました。

 年中嘆いている様に、加齢と共にバランスも衰える。急な下りでポケットに手を突っ込んで行けたのは五年位前迄。今はそんな危ない真似は、したくたってできない。両手はフリーにしておき、危険に備えなければね。歳を取るとはそう言う事です。

 大山では(塔もそうだだが)疲労で動けなくなって救助要請するケースが多い。まあ、大山は観光の延長で頂上を目指す人も多いだろうから、さもありなんです。普通の靴に手提げバック姿で登る人も良く見掛ける。処がどっこい、結構キツい思いをさせられる。ケーブル駅からたったの一時間半だが、まともなハイキングコースだ。動けなくなる人がいても不思議ではない。滑落しないだけ増しだ。

 登山に来ているのに歩けなくなる人達、これはその日の好調不調もあるだろうが、自分の衰えに気付いていない場合が多いのだろうと、あたしは見ている。昔はアルプスを縦走したもんだ、久し振りに大山でも登るか。チッチッチ、昔じゃないんだ今は。若き駿馬も老いれば駄馬、って言うでしょうが。大山で良かった。久し振りにアルプスへ、なぞとやると、モロ遭難騒ぎでしょう。

 自分の衰えを元に遭難事例を見ると、上記の様に感じられる。あたしだけが老いて衰えた訳ではない。皆等しく老いて衰える。極一部の特別な人だけが、衰える事がないのです。

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