2025年10月29日水曜日

閑話番外 その百八十三

 

 四十代迄と古希過ぎとは、登山者としての世界が変わる。全く変わる。筋力もバランスも体の柔らかさも、全て衰えているのだから至極当然だろう。

 高校生の時新雪の表尾根を下ったが、急な所は尻で滑って降りた。二十代でも、檜洞丸から犬越路への尾根で、矢張り急な所は滑り下った。アイゼンもなかったので歩いて下れなかったからだが、今そんな事をやったらどうなっちゃうんだ?骨折かもねw

 初めての春山で北穂に登った時は、少し下って多少傾斜が緩む(と言ってもご存じの通り急なんです)と、尻セードであっという間に下った。我乍らピッケルを巧く扱い、バランスをちゃんと取れた。十数年前に北穂を下る時に尻セードを試みたが、バランスが全然取れないので、即止めて歩いて下った。情けないですなあ、尻セードもできないなんて。それでも五十代は何とかできたかな。菰吊山から下る時は急な所は尻セードで下った。滑って尻もちをついて、その侭滑り下ったんだけどね。でも、制御はできていたのだ。今だったら制御不能で横倒し、ってかな。

 昔は雪の下りも楽しかった。滑ったらその侭滑れば良い、速く下れて結構なこった。ああそれなのにそれなのに、今は慎重に下るの一手、バランス感覚なんざどっかに置き忘れてしまったのでしょう。

 依ってアイゼンなしで雪道や凍った道(或いは斜面)は下れなくなった。若い頃は、おっとっとと下ったんだけどねえ。植林帯の凍った下りは、次に抱き着く木に向かって半滑りで下った。そして次に抱き着く木へ向かう。今なら途中で滑って、どっかへ行ってしまうのが落ちだろう。

 雪の登りは気付かないうちに筋力を駆使しているのだ。六十代迄は大丈夫だった。今では、おんぼろろーろーろ♪ 若いって、素晴らしかったんですなあ。愚痴になっちまって、済みません。

2025年10月26日日曜日

休題 その五百九十九

 

 高市氏が首相になった。日本初の女性首相だが、メディアは喜ぶどころか何とか足を引っ張ろうと頑張っている。余程高市首相が嫌いなのか、メディアの多くが頭の上がらない国に取って都合が悪いのだろう。当たり前(そうじゃない人間もいるって事)の日本人は素直に喜んでいるのに、最早多くのメディアは一部の人間を代表する存在になり下がったのかなw

 高市総裁が誕生したら突然公明党が連立解除した。政治と金とか言い出して、小泉氏が総裁選出なら絶対言い出さないだろうし、石破氏の時も何も言わんかった。連立解除の前にシナの駐日大使と議員会館で会見し、直ぐに連立解消を突き付けたのだから、状況証拠でしかないがシナの意向だとあたしは思っている。高市は公明党の揺さぶりに負けなそうだから政権離脱して混乱を起こせ、自民の議員も慌てて高市降ろしが始まるだろう、ってな読みだったのだろう、きっと。

 処がどっこい、素早く維新と組んで総理に就任した。公明党と言う足枷が外れたので日本の為になる政策が実現できる。こんな良い話はないでしょうが、はっはっは。シナからしたらとんだ目論見違いだった。あ、断った通りにあくまで素人のあたしの考えですよ。

 割を喰ったのは公明党だ。一野党に成り下がり国交省大臣も失い、地方区には対抗馬を立てられて議席は大幅減、やがて消えて行く運命となった。創価学会がある限り消滅はないかも知れないが、もう影響力はない。立民と組んだりしてね、落ち目同士なので充分あり得るでしょうがw

 高市首相は政策が趣味。色々考え抜いている様だ。仲間と酒なんて飲んでる時間が惜しい、政策を考えるのじゃ! 凄いですなあ。仲間ができにくいのは無理もない。

 メディアや左翼陣営はアベガー再現騒ぎを演じるだろう。高市首相、負けずに頑張れ!





2025年10月23日木曜日

閑話 その五百十三

 

 Yが山登りなぞ全く無理になったので、彼が二つ持ってる夏用シェラフのうちの一つを譲ってくれと頼んだら、くれると言う。特価で二つ纏めて買ったからで、山道具を安価購入するYの面目躍如だ。有難く頂戴しました。

 あたしの冬用シェラフ”天山”は四十年使っている。流石に保温力は落ち、布も痛んで一寸と引っ張ると裂ける。裂け目から見えたダウンは丸まっていた。顔回りだけだけど、もうダウンではなくなった。他の部分もダウンらしい形はしているが、機能はきっとガタ落ちだろう。寒くて当たり前です。

 もう本格的冬用シェラフなんて使う事もなかろう。万が一にでも雪山に行けたら、夏用を二つ重ねて使えば宜しい。Yから貰ったのもあたしの持ってるのも、極薄いダウンである。重ねても”天山”の半分かな。でも、色々と着込めば何とかなるだろう。

 Yは袋に入れたシェラフを渡してくれた。凄く小さくて驚いた。直径15Cm、長さ20Cmと言った処だろう。あたしは袋は直ぐ捨ててしまうので、きちんと詰めた事はない。偉くアバウトな奴なのだ。え、知ってるって? そりゃそうでしょうねw

 何せテントを買ってもフライは直ぐに捨ててしまう。一寸とでも面倒は御免だぜ、って思想なんですなあ。フライなしだと、雨の日に入り口を開けると雨が入る。当たり前です。だから何さ、って考えだった訳です。今のテントはちゃんとフライもある。年と共に多少はまともになって来たんでしょう。

 もう一つ夏用を、これは未だ春山へ登ろうと言うスケベ心が見え見えだ。去年、あんなに登れない自分に驚いたのに未だ懲りないらしい。雪の急斜面を、ザックを背負って碌に登れなかったのにねえ。喉元過ぎれば熱さ忘れる、頑張ればできる気になっちまうんで。

 これで長年冬山、春山を共にした”天山”とはお別れである。本当にご苦労様でした。

2025年10月20日月曜日

閑話 その五百十二

 


 まあ、怒らないで下さいよ。又もや弘法山の話なんだけど、何せすべり症、その里山ルートでさえ痛みと痺れが増すんだからさ。急いで歩くのも原因だろうが、どうしても急いじゃうだよね。癖になってるし、急げば急げるルートだからかな。

 十七日(金)の快晴日。日陰では涼しい秋風が吹き抜ける、最高のハイキング日和だった。なのに歩いている人は少ない。いつもの半分以下だ。まあ、それぞれ都合があるだで、快晴だから弘法山って訳には行かんのでしょう。そう思うとあたしは良いご身分です。乏しい貯金を取り崩して暮らしてるにしては、だけどねw そんなこたあ忘れよう。

 権現山頂上に人がいない。良く見ると展望台の下のベンチで二人休んでいる。これは珍しいのですぞ。普段は少なくても十人程はあちこちで休んでいる。上の写真は弘法山山頂だが、ここも二人しかいなかった。でも、保育園は二つも来ていて、弘法山に向かうと一つと擦れ違い、一つが遊んでいた。それぞれ十数人だ。その横をリハの爺さんがせっせと歩いて行くのだ。朝日と夕日が擦れ違う様なもんです。爺さんは墓へ急いでるのかなw

 菜の花が咲きだした。群生はしてないが、ボチボチとある。

 

 たまに人と擦れ違う。抜いたのは三人かな。三十代のカップル以外は皆さん中高年。どういう訳か鶴巻温泉から弘法山へ歩く人が多い。前にも書いたが、案内書にはそう書いてあるからだろう。富士山を初めとしたあの展望を、クライマックスにしたいのだろう。あたしは温泉がクライマックスだけどね。

 空気は秋を感じるが、紅葉(及び黄葉)は未だ始まらない。里山だからね。塔はもう色づいているのだろう。カマドも赤くなっているに違いない。大倉高原迄テントを担いで、サブザックでゆっくり塔へ行き、大倉高原に戻って幕営。これならできるかなw

2025年10月17日金曜日

閑話 その五百十一


 

 二章に亘って大山を書いた。ついでと言っては何だけど(何?)、大山の遭難にが多いので、一寸と転倒と滑落とを深堀(って程じゃないけど)して見ましょう。

 転倒とは転ぶ事。当たり前だろうって?そうなんだけど、状況に依って全く異なるのだ。登りや平地の転倒は未だ良い。転ばないのが一番良いが、転ぶ事もある。特に年を取ると一寸とした事、木の根に引っ掛かったり、岩に蹴躓いたり、木の階段で滑ったりする。若者は、おっと危ない、で済むのだが年寄りはバタンと倒れる。場合によっては突いた手を折ったりする。

 これが下りで、しかも躓いたらヤバい。考えても分かるでしょうが、バタンでは済まないって。その上急坂だったら、悲劇である。滑って転ぶなら未だ増しだ。尻もちをつけば良い。これも急坂だったら少々滑り落ちるかも。でも悲劇ではない。ズボンは汚れるけどねw

 滑落は滑って(或いは踏み外して)斜面を落ちる事だ。登山道から落ちる場合が殆どだ。これはとても危ない。特に細い尾根なら左右は崖と言う場合が多い。詰まり崖に落ちるのだ。あたしが前穂高の下りで左足がクネリと力を失って左にダイブした様な事になる。あの時右足がクネリとしたら、右にダイブして死んでました。

 登山道での滑落はつづら折れで起き易い。冬の南アルプス茶臼避難小屋の下りで滑り、ダダ―っと道を三つ程越えて落ちた。つづら折れは急な所と決まっているので、一気に落ちる。六十歳位だったから、イテテテで済んだが、今なら怪我の一つもしてるでしょうね。

 Yも大室山の下りのつづら折れで転倒し、道を三つ程越えた。ゴロリンと転がってダーっと落ちたのはあたしと同じ。彼は五十代だったので、イテテテで済んだ。今なら、いや今は登れないから大丈夫だ。

 急な下りで亡くなる人は意外と多いのです。矢張り、全然深堀なんかじゃなかったですなあw

2025年10月14日火曜日

閑話番外 その百八十二

 


 前章で大山の遭難を書いたので、大山についてボソボソ書きましょうか。そんなの御免だって?まあ、そう言わずにお願いしますよ。

 主稜線は三峰から山頂、イタツミ尾根でヤビツ峠、岳ノ台から菩提峠で表尾根となる。大山は主稜線ではない尾根を南北に伸ばしている。北は一ノ沢峠迄で、あたしは勝手に大山北尾根と呼んでいたが、最近の地図ではそう記入されて、点線だが登山道すらある。別にあたしに先見の明があった訳じゃなく、誰が見ても”大山北尾根”だからだ。南は我が高取山を通って善波峠へ、そこで里山となる。南が北の倍近く長い。

 あたしは北尾根を残念乍ら歩き通していない。地図上の分岐の先で札掛橋へ下る小沢を下って札掛ホームに泊まったので、そこからの僅かな間は空白である。Bとその小沢を下る時の笑えないないドタバタ騒ぎは、本文にある。どこに、と聞かれてもこんな爺さんに分かる筈がないでしょうがw

 Bと歩いた時は、獣道と作業道が交互に現れる状況だった。藪も所々にあったです。今では所用時間迄地図に載っている。いやあ、昭和は遠くなりましたなあ。とは言っても(多分)未だ自然な尾根であろう。植林なんざないかと思われる。何せ札掛や一ノ沢峠付近は特別保護地域なのだ。カモシカもいるんですぞ。熊もいるのは仕方ないです。

 南尾根は長いが、蓑毛越からは平坦になり、林道は走るは、何かの建物はあるは、の状態が高取山への取り付き近く迄続く。高取山からはあたしのリハコース、鶴巻温泉へ出ても、権現山へ出ても宜しい。

 南尾根を道もない頃歩いたのは本文に書いた。どこに?だから忘れてもうただよお。で、獣道と作業道と藪の尾根歩き、巻道なんてないんだからピークを忠実に行った。思いの外に時間を喰って、蓑毛越から下った。今では立派な登山道、良い時代になったのかな?

2025年10月12日日曜日

閑話 その五百十

 


 今年の初めから十月五日迄の、大山での遭難が伊勢原警察署から発表された。事故件数は三十二件(!)、事故者数は三十五名、死亡者は無しが救いだろう。

 本坂、詰まり表参道で十七件、半数以上を占めているのは主ルートなので当然だろう。雷の尾根、詰まり山頂から見晴台への尾根で七件。梅の木尾根、大山南面の尾根で最近は整備された様だがマイナーなルート、そこで一件。以上は尾根筋で、疲労が十件、転倒が十一件だが皆下山時だ。下りに掛かると疲れも出て転倒し易くなる。結構危ないのです。

 見晴台から下社への巻道で転倒が一件。日向林道でも転倒が一件。何と山頂で転倒が二件。どこでも転ぶ人はいるもんだ。不謹慎ですか?済みません。

 大山沢で道迷い(変な言葉)で滑落が一件。七十六歳男性なので沢登りとは思えない。でも、迷い込む沢じゃないから沢登りだったのかな。沢登りで迷うってのも変だなあ。

 女坂で疲労一件。男坂で疲労一件、滑落一件。男坂の下りで滑落!下手すると命に係わる場所だが、男性(73)は軽傷で済んだのは目出度い。

 三十代の女性が二人転倒した以外は、五十代以上だ。最高齢は八十七歳男性で下山中の転倒。こちらも軽傷で済んで良かった。

 丸で年寄りが大山に登って、転んだり滑ったり、疲れて動けなくなったりした記録である。その度に出動する救助隊員の皆さん、本当にご苦労様です。

 ケーブルカーはあるし、小田急はせっせと宣伝に努めるし、案内書では初心者コースだし、観光の延長で山頂を目指すのも無理からぬ。処がどっこい、下社から山頂のたった一時間半が中々の曲者なのだ。意外とキツくて歩き辛い。観光客が登れば動けなくなるのも尤もである。大山は確かに初心者コースだが、観光客向けではない”山”なのです。

2025年10月8日水曜日

休題 その五百九十八


 

 前々章の湯河原旅行の帰りに、海老名で下車して「鬼滅の刃」を観た。毎週トップが二位に下がったので、もう混んでないと思ったので。当たり、三十人弱の入りだった。

 確かに、こりゃあ凄いと引き込まれた。どんだけ手間と時間を掛けたんだ。画面の綺麗さ、動きの見事さ、無限城の名に恥じない奥深さ、炎と水の躍動感、二時間半ひたすら見入ってしまった。

 所詮「鬼滅の刃」なのだが、世界的に大ヒットするだけの造りである。妻も冒頭の無限城の描写で涙が出た、と言う。そこはCGなのだが、手書きの人物が綺麗に嵌っている。職人技の極地と言うべきだろう。

 帰ってから色んな解説を見た。成程、と思わされたのはハリウッドとの違いを解説したユーチューブだった。曰く、ハリウッドは作品を商品として扱う。当たれば続編、続々編、続々々編、と擦り切れる迄使い切る。確かに!マーベルのヒーロー達だって、ターミネーターだって、エイリアンだって、スターウォーズだって、ジュラシックパークだって、最後はボロボロになってしまうのだ。作品に愛情がないのかな。

 「鬼滅の刃」はちゃんと終わる。無限城編は最終章を三話に分けたうちの最初だ。物語は終わりがあるから美しくも儚い。花や人と同じ事だ。何時迄も咲いてる花や、何時迄も生きてる人は気味が悪い。その塩梅が世界の人達にも通用したのかな。

 妻が音楽も凄く良かったと言う。音楽?え、音楽あったっけ?常にあったと言う。しまった、画面に集中して台詞以外の音は意識の外だったのだ。あたしは集中すると、そう言う事がままある。

 もう一度観に行く事になりそうだ。何度も観ている人の投稿を読むと、毎回新しい発見があると言う。きっとあたしも見落としが一杯あるだろう。何せ情報がぎっしり詰まっているのだから。観てない方、お薦めです。

2025年10月5日日曜日

休題 その五百九十七

 


 昨日、仕事を終えて帰宅すると妻が自民党総裁選の中継を見ている。丁度第一回投票結果発表だった。高市氏は党員党友票119、議員票64、計185票。小泉氏は党員党友票84、議員票80、計164票。二氏の決選投票となった。林氏は134票、小林氏は59票、茂木氏は49票だった。小林氏がびりにならなかったのは嬉しい。”謝々茂木”がびりだった。至極当然です。

 こりゃあ決まったな、小泉氏の勝ちだ。林氏と茂木氏の票は小泉氏に流れる。あーあ、バカ総裁が三代続くのか、これで自民党は終わった。もう解党の時期だろう。

 議員と都道府県各一票の決選投票の結果、高市氏が地方票36、議員票149、計185票。小泉氏は地方票11、議員票145、計156票。何と予想外の大逆転、高市氏が勝った。

 物を言ったのは党員党友票の圧倒的な差だろう。マスコミ各社は何度も情勢調査で小泉氏有利を伝えていた。一体あれは誰に聞いた結果だったんだ?

 マスコミの世論調査が当てにならないと言われ久しい。石破氏だって、人気があるって言い続けてただろうが。どこの誰に人気があったのだ?シナとレイワと立民と共産党にか?

 先ずは目出度いが、議員票はたった四票差だ。半分は反高市議員だ。高市氏に入れた議員だって、無能な(失礼)小泉氏では次の選挙で又負ける、と思っただけの者も多いだろう。スパイ防止法や憲法改正を本気でやって欲しくない、と思ってる者も多い事だろう。

 これからが大変だ。反日親中と迄は言わないが、国家より自分が大事な議員達をどう引っ張っていくのか。少数与党だし。高市氏も自分の思う政策をどんどん打ち出して行く訳にはいかないだろう。何より確りした参謀達で固める必要がある。自分で抱え込むのは絶対にやってはいけない。

 あたしが気を揉んでも屁の役にも立ちませんなあ。高市新総裁、お体に気を付けて日本の為に頑張って下さい!

2025年10月2日木曜日

休題 その五百九十六

 


 先月末に妻と、久し振りに湯河原へ小旅行と洒落込んだ。ここんとこ熱海にばかり行って、湯河原にはすっかりご無沙汰であった。

 湯河原には源泉を持つ良い宿(或いはホテル)が多くあるのだが、皆歴史があるもんだで建物は古い。妻は古い建物を嫌う。あたしは勿論建物が古かろうと黴臭かろうと何ともないのだが、女房の好きな赤烏帽子(亭主だった)、まあ付き合いましょうって訳です。

 千代田壮と言う小振りなホテルに泊まった。部屋数は二十七、その上空いた日で、十組程しか客はいなかった。月末は穴場である。源泉の宿で古いのだが、メンテが良くて古い感じがないので妻は気に入った様だ。

 諸物価値上がりには皆さん参っている事だろう。我が家も年金ではとても足らず、夫婦でシルバーの仕事をしていても、僅かな貯えを取り崩している現状だ。温泉ホテルの値上がりも凄い。インバウンドの所為もあるのだろうが、ざっと五割は上がっている。これは仕方ないのでしょうね。食材も人件費も電気代も燃料費も上がっているんだもんねえ。

 食堂掛かりに二人の(多分)中国人の男女青年が働いている。二人共笑顔で感じの良い人達だ。言葉が今一つ通じにくい。説明してくれるのだが、良く分からない。それでもニコニコしているので何となく通じる。他のグループに説明しているのを聞くと、トンチンカンな遣り取りが聞こえ、それが面白くて笑ってしまった。感じが良ければ何とかなるんですな、怒る客なんぞいない。

 上の写真は露天風呂。結構良い塩梅でしょう。内風呂は熱めである。源泉の宿は大体そうだ。露天だと外気で冷めるので丁度良い。

 今回は珍しく女性のグループがいなかった。男性四人のグループはいた。彼らはどんどん飲んでいた。飲み放付きプランだったのだろう。飲み仲間が集うのは羨ましい。あたしの友人はY他数人しか飲まなくなった。いやあ、歳なんですね。