2024年9月13日金曜日

閑話 その四百六十二

 


 ユーチューブで塔ヶ岳の遭難を見つけた。大分古い話で昭和三十年、戦後十年の登山ブーム始めの頃だ。塔ヶ岳と聞いちゃあ昔話だが見逃せないのです。

 四月二十一日、二十代の女性二人が表尾根をやってバカ尾根で下る予定で大秦野駅(現秦野駅)からバスで蓑毛へ、ヤビツ峠へ登ってヤビツ山荘(今はない)で道の様子を尋ねる。三ノ塔迄は順調、下りで道が分岐したと言うから、東北尾根の作業道だろう。戦後の植林政策で確りした道になっていたのだろう。三ノ塔の下りはガラガラだったから、作業道に入って道を失い、変だと気付いても登り返せなかったのだろう。そして沢に降りた。

 あーあ、遭難のセオリー通りです。スズタケをこいだと言うのだから、道が違うと思ったら即引き返せば何でもないのだ。唯、ここからの行動は上等だ。下手に動かずに助けを待った。これが中々難しいのですぞ。

 二人の食料が当時を偲ばせる。お握り三つ、ゆで卵二つ、かき餅200g、キャラメル一箱、夏ミカン二個。チョコレートなぞ一般品ではなかった。この食料で六日を過ごすのだ。

 夜は焚火をして寒さを凌ぎ、昼間は寝る。それでも二十四日の夜は雨と霰になる。さぞかし寒かっただろう。手帳をちぎって「上流で遭難しています」と書いて沢に流す。それを捜索隊が見つけ、二十六日の救助となる。

 救助隊は数隊に別れて捜索をしていた。携帯も無線もないのだ、ヤッホーが連絡方法である。本当にご苦労様です。

 六日目に発見された二人は顔を見合わせてにっこり笑ったと言う。あたしはこういう話で胸が熱くなる。何と健気(けなげ)な女性達よ! 助かって良かったね。

 くどいだろうが、迷ったら引き返す、それも即座にだ。無理して下るとそこを登り返せない。彼女等は山中五泊、水が必要なので沢に降りざるを得ない。何と言ってもじっとしてたのが生還の鍵でした。

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