ユーチューブで山岳遭難を取り上げる番組(?)が多いとは前に書いた。昭和三十年代、四十年代の遭難も多くなった。その頃が遭難多発時期なので、当然とは言える。
気になるのは、造り手が当時の装備を理解してないのではと思わされる事だ。テントやザックの絵が今風なのは良い。当時のテントが棉布製で、ポールと張り綱で立てた事は分ってるのかな?風に弱く、雨が漏るって知ってるのかな?冬山で濡れるとバリバリに凍るって知ってるのかな?
ザックも今風の絵なのは良い。帆布のキスリング自体が重く、パッキンに技術が必要で、縦走には超大型(72㎝)が体からはみ出していたなんて知らないのでは?
雨具も棉布製で雨が沁み込むのだ。だから夏はビニール製のポンチョを使った。風が吹いたらどうするって?びしょ濡れになるのだ。
アイゼンも今の様なワンタッチではない。アイゼンバンドで締め上げる。雪用のスパッツだって綿布で、紐で縛るのだ。濡らしたらガチガチになっちまう。オーバーミトンが革製だったとは、既述ですね。
火器だってガソリンか軽油を燃やす。固形燃料で予熱を掛け、ここぞと言う時にポンプで空気を入れて点火する。いやあ、手間が掛かって且つ重いものだった。
全てが機能が低く(驚く程ですぞ)重い。一寸とした縦走や冬山は、30Kgのキスリングが当たり前だった。羽毛のシェラフはあった。ダウンではなく軍用なので、保温力は低くて重い。噂では、朝鮮戦争の米兵の死体を入れた物を払い下げたのだと。あたしのもそうだったのかも知れない。
今の装備の感覚で当時の遭難を語るのを見ると、何か違和感を感じてしまう。当時の山は今とは比べ物にならない、面倒で細かい苦労があったのだ。当時に今の装備があったなら、遭難はぐんと減っていたのは間違いないでしょう。恵まれた時代になりましたな。


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