2024年8月29日木曜日

閑話 その四百五十九

 


 両神山は奥秩父の末端の山で、あたしは登った事がない。埼玉県では一番遭難が多い山として名高い。頂上付近の岩場の所為かな。

 例に依ってユーチューブがタネ元です。六十二年前だから大昔、二十才と二十一才の花も恥らう女性二人が日帰りで両神山へ登った。時期はヤバくも十一月末である。その日は天気も良く、日帰りなので軽装で出発、山頂から少し外れて昼食、下りで道を間違えた。岩場では道が分かり辛いのだ。

 暫く下って間違いに気付くが、引き返さずに闇雲と歩き回った。典型的な初心者遭難である。下りで迷ったら引き返すのが鉄則、そうしなかった登山者はほぼ亡くなっている。

 秋の日はつるべ落とし、暗くなりつつあるのでビバークを決意する。とは言っても食料も水も防寒具もなーーんにもない。夜は氷点下4℃にも下がる。でも二人は朝を迎えた。そして又一日中彷徨を続けて日暮れを迎える。

 自分の位置も分からないのに良く歩き回れるものだと思うが、地図も磁石もないのだ、歩き回るしかなかったのだ。二晩目はよりキツかっただろうが、朝を迎える。若さだ!

 そして、と書くのも嫌になるが、一日彷徨して夜を迎える。三晩目は絶望的だったろうが朝を迎える! 四日目は雨から雪、最悪だ。少し歩いて二十一才が動けなくなり、二十才が必ず助けを呼んで来るから、と歩き出すが直に歩けない事に気付く。どうせ歩けないならと二十一才の所に戻ろうとして、その近くで力尽きて倒れた。

 勿論捜索隊は活動中だった。三人のチームが微かな人声の様なものを聞く。耳をすますと、二十才と二十一才が微かに呼び交わしている声だった。あたしはこのくだりで思わず泣けてしまった。互いに相手を思う気持ちが奇跡の生還となった。褒めるとこなぞ一つもないお粗末な遭難だが、助け合って励まし合って三晩も耐えたのは立派だ、の一言です。

2024年8月26日月曜日

休題 その五百四十

  

 自民党総裁選挙が、最多立候補者数になりそうで盛り上がっている。一方、近い時期に行われる立民の党首選は陰に霞んでいる。まあ、新人が名乗りを上げる訳でもなく、昔の名前でやってる人ばかりだからね。性差別解消にやけに力を入れている癖に、女性はなしでオジサンばかりw

 石丸伸二氏が面白い投稿をした。立民の新党首の選挙区から立候補し、もし自分が勝ったら立民の党首にしてくれ、立民を乗っ取るから、って。

 怪しい奴とは思い乍らも、こういうとこは実に面白い。傍から見てるからだとは分かってますって。でも痛快じゃないですか、これはモロに、万年野党に甘んじてるんじゃないっ、覚悟を持て!って叱責ですよ。

 立民議員、関係者、支持者からしたら、何とふざけた発言!となるでしょうな。当然だ、横から出て来て党首にしろ?この馬鹿が、一昨日来やがれ!ってなとこであろう。

 石丸氏は左翼から嫌われている感じだ。保守層からも決して好かれてはいない見たいだし。政策を明確にしない所為なのか、遠慮なく噛みつく所為なのか、マスコミに喧嘩を売る所為なのか。マスコミに喧嘩を売るのであたしゃあすっかり喜んじゃったんだけどね。一時は惚れこんじまったぜ。あぶねえあぶねえですな。

 一寸としたパフォーマンスでコロッと行っちゃうあたが様な人間も結構多いって事です。我乍ら浅薄さにあきれますなあ。後期高齢者にもなってこれですよ。

 自民党総裁選が注目されるのは道理である。総理大臣を選ぶ選挙でもあるから。誰が総理になっても同じと言う声もあるが、分かってない奴だ、の一言だ。総理が別人なら、日本近海の不審ブイなぞとっくに撤去されてるかも知れない。日本を火の海にするなぞと言う駐日大使は、とっくに追い出されているかも知れない。総理に依って違って来るのがリアルな政治です。

2024年8月23日金曜日

閑話番外 その百六十三

 


 篠笹、別名篠竹と言う。細い竹が密生し、そこを突破しようと思うとぞっとするのだ。西丹沢に多い。特に菰吊山(こもつるしやま)山頂付近は篠竹に覆われている。

 本文でフジモク沢を詰めた苦労は書いた。菰吊山の三角点を越えて大栂へ向かう時、篠竹密集地を避けてトラバースして滑り落ち、篠竹の滑り台に乗って一気に沢の合流点迄滑り落ちたのも、本文に書いた。地図を見直すと水ノ木沢詰め上げ近くの900m地点が落下地点でであろう。300mも滑落したのだが、篠竹の上を滑ったので怪我一つなかったのは、若さとラッキーの複合だったと思う。

 滑り落ちている時、何とか滑落を停めようと篠竹を掴もうとするが、速過ぎて掴むどころではない。唯々滑って行ったのだ。着地の前にスピードが緩み、トンと言う感じで沢に立った。相当ラッキーだったと、今更乍ら思います。スピードに乗った侭で沢に叩き付けられたら、無事ではなかった。

 思い出話になった。その篠竹だが、本名の篠笹でお分かりの通りに笹の一種である。稲の親戚だ。まばらに生えている事もあるが、密生してる事が多い、と経験上感じる。

 篠竹こぎはご勘弁をだが、もうやる機会はないだろう。嬉しい反面寂しくもある。あんなべら棒な苦行を続けていたら、そこで寿命が尽きて永久に発見されず、生命保険もおりずに家族に苦労を懸けるばかりだもんねえ。

 悪い事ばかりではない。ガレザレ登りで篠竹が一本あれば、それを掴んで手掛かりにできる。二本あれば尚宜しい。あんな細い癖に丈夫なのだ。何せ手掛かりもない中の篠竹様、本当に嬉しい。岩角だってボロリと崩れるんだもん。そんなとこ登る事はもう絶対ないです。ガレザレ登りには相当な筋力が必要なのだ。それにバランスと。今は両方共見事にない。

 今では菰吊山付近の篠竹もかって程の勢いはない。時代は変わって行くのですな。