2024年12月27日金曜日

閑話 その四百七十一

 


 いやはや間抜けったらありゃあしねえ。前々章で次女が二十一日、二十二日で千丈岳へ登ると書いたが、二十八日、二十九日の間違い、一週間の勘違いだった。

 依って二十七日の夜行で冬山へ発とうと言うのに、次女は二十三日、二十四日で丹沢主稜を歩いたのだ。昔のあたしだってそんな無理な山登りはしない。冬山の前は緊張して体調を整えた。上の写真は蛭ヶ岳の夜景。スマホで撮るんだから横にして撮れば良いのに。これじゃあ無意味な部分が多過ぎでしょう。

 主稜をやるだけで偉く大変だ、と言うのは今のあたしだからか。三十代も末の頃、ユーシンから同角ノ頭経由で檜洞丸に登って、余りの天気の良さに塔迄歩いてユーシンへ下ると、急遽予定変更、日帰りで主稜をやった事があった。十月の快晴の檜洞丸頂上、そんな気持ちになるのも分かるでしょう?

 ところがですよ、食料はパンとチョコレート一枚、丹沢山の登りでガス欠になって散々な思いをした。ユーシン起点だから主稜と言っても八掛けかな。でも檜洞丸への登りと塔からの下りは大分急である。八半掛けで良いか。詳しくはラベル「檜洞丸」で、え、興味ないって? ああ、そうかい。

 丹沢縦走の中でも一番アルバイトのある主稜をやって、三日後には夜行で冬山へ発つ。何か悲しい事でもあったんだろうか。それともあたしが歳を取ったのか。間違いなく歳は取ったが、前述の通り若い頃のあたしでも考えられない。冬山のハードルが低くなった、うん、それだ。必死の思いで冬山へ向かうってえのが最早ないのだろう。装備はべら棒に良くなったし、交通も便利になった。そして入山者も激増した。

 山の天気で見たら、入山日は雪50%、登頂日は晴れ、何とラッキーな次女。入山日は雪でも何でも構わない。登頂日が肝心なのだ。入山日快晴、登頂日ガスの多いあたしとは、何たる違いでしょう。

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