いやはや、又もや勘違いでお恥ずかしい。次女が丹沢主稜をやって、三日後の夜行で冬山へ発つ、と思い込んでいたのだが違った。豪雪の為に冬山は中止したのだ。
夜行一泊で3000峰の千丈岳をやれる様になったのは東尾根に新道ができたからで、ある程度迄車で登って取りつくからだ。雪の為その林道を車で登れなくなったと言う事だろう。それで主稜に行ったのかと、合点がいった。
塔から檜洞丸を(もしくはその逆)縦走するのが主稜縦走とすると、あたしは三回(!)しかやっていない。半世紀も丹沢に焦がれているのに、あのゴールデンコースを三回のみとは自分でも驚く。実に変なとこばかり歩いていたのですな。まあ、マニアにはありがちな事でしょう。
その代わり蛭の小屋には泊まった。二十回近くになるだろうか。Rさんの時代が多い。その頃のいかにも山小屋らしい蛭ヶ岳山荘については散々書いた。新しい小屋になっても五、六回は泊まっている。今一つだなあとも、何度も書いた。
主脈縦走が昔の丹沢縦走の花形だった。塔から焼山迄のルートである。夜行で塔に登って、その日のうちに帰るにはピッタリのコースだったからだ。日曜しか休みがなくて土曜は半ドン、昼迄仕事をしていた時代だ。
その主脈をあたしは二回(!)しかやっていない。焼山迄行かず、東野に降りてしまう(又は東野から登る)からだ。だって、だらだらと長いだけなんだもん。
今、主脈をやる人は極端に減った。バスの便がひどく悪くなったので。主脈をやる人がいなくなったからか? どっちが先か分らんが、週休二日になって主稜もできる様になったのでそっちに移ってしまった。蛭から檜洞丸、キツいが爽快で達成感が主脈の比ではないのだ。植林もないしね。時代と共に人気ルーも変化します。

