仙丈から三峰岳へ(この稜線も馬鹿尾根と呼ぶ)歩いている時に、レンズ雲がぽっかりと出た。綺麗に出ましたなあ、教科書の様なレンズ雲で、ひょっとして、レンズ雲を見た事の無い貴方でも、一発で分かる事は請け合いです!
う、これはいかん。長期予報では、安定しているとなってたじゃないか。だから南アルプス縦走にしたんだ、気象庁の嘘つき!で、慌てて一服つけたのは、前述の通りだ。
この日は、野呂乗越から下って両俣小屋泊まりだったが、夕方から案の定雨になった。観天望気(今でも使う言葉かな?)通りで、やったねー!と叫ぶのが正しいのだが、登山途中の私は叫べない。
しかも悪天候は二、三日は続くという。あー無情、とてもじゃないが縦走は無理だ。雨の3000m級縦走なんて平気でやれたのは四十代迄。お蔭様で、年相応の分別が、様々なひどい目に合った為に、骨身にこたえたようで、嬉しい限りです(一寸と涙)。
翌朝、林道を歩いて九時のバスで、と考えながら、飯の支度をしていたら、小屋の主人(女性です)の七時半のバスが有るので、と声が聞こえた。え、本当?小屋の主人に確認して、即食事は中止、大慌てで荷物をまとめて、雨の中に飛び出した。
物持ちが良いので、雨具も年季が入っている。雨に打たれ、下り気味の林道を歩くだけなのだが、防水能力を失った雨具(雨具って言うの?)から雨が染み透って、びしょ濡れ、夏でも偉く冷えた、とことん冷えた。バス停で煙草を吸いながら震えた。そしてバスの中で震え、乗り換えの北沢峠で震え、諏訪に向かうバスでも震えた。歳です、もはや体が熱を造れない、う、う……情無い。
それで懲りて、雨具を買い換えた。雨具と○○は新しい方が良いのです。そこで問題です。○○に入る文字は何でしょう?済みません、余りに下らないです。
抜けるように青い空は黒く見える。(ヒマラヤの写真はそうでしょう)初めて行った春山は、Iと合宿で行った北だ。(Iは零細山岳会発起人の一人)
二人は先遣メンバーだった。本隊は四日後に到着する。横尾にでかい天幕を張り、ベースとした。でかい天幕は先遣隊の宿命である。
二日目は小降りの中、蝶に登り雪上訓練。Iも覚えたてで、アイゼン歩行や滑落停止をもたもたながら教えてくれた。何とかマスターできたが、これはお互い若かったからだ。
三日目は北穂ピストンに出かけた。北穂の下りで一気に尻セードー(済みません、Iの大学で教えるのはグリセードでなく尻セードーなのです)を始めたら、急にIがストップし、私もストップした(できた、ひどく急斜面なのに、今なら止まらずお陀仏)。
I「大塚、急過ぎる、ヤバイから歩くぞ」
私「ん」
(ああ、空よ その三へ続く)
2011年1月16日日曜日
ああ、空よ その二
2011年1月15日土曜日
休題 その五十八

五十七の続きです。迷惑と思う方は、逃げ散る事をお薦めします。
此の映画は、やけに選択を重視して、尚且つ、偶然を否定したがり、必然だと言い張る場面が多い。選択と必然とは、矛盾する要素が有ると感じるのは、あたしが俗人だからだろうか?
多分そうだろう。選択と必然の間の何処に、矛盾が存在し得るってんだい?うーん、詰まり、選択した結果が必然って事なのかい……。
突き詰めるのは辞めよう。あたしの人生に関わって居る訳では無いし、あたしに解ける問題でも無い様だ。
全てを必然だと断定するのは、モ―フィアスのみならず、スミスも、ナイオビも、誰も彼もそうなのだ。悪役のフランス人でさえそうだ(ったけ?)。
確かに、6度目のザイオンの滅亡の危機となれば、今迄の経験上、全てが必然で有るのは当然で、其れを感じるモ―フィアスは偉い!!
但しザイオンの危機が6度目と知って居のは、人間ではネオのみなのだけど、其の意味が分かって居るのだろうか?
ま、分からない方が幸せって事は多い。知らぬが仏って諺も有る事だし。
ネオは此処でも選択を迫れれる。人類を救うか彼女を救うか。あたしゃあ仰け反るが、此のネオ(6人目)は彼女を救う選択をする。
それって有りか!!!!
しかも、どう見ても音速を超えたスピードで胸に弾を食らったトリニティが地上に落下寸前にゲットするが、あれじゃあ大人しく落下した方が、遥かに良いんじゃないかい?少なくとも、誰の遺骸だかは、判別出来るだろうから。
あの状況じゃあ、トリニティはネオの腕の中で、単なる肉塊となって居るなら未だしも、どっかにバラバラに吹っ飛んで霧の様に消え去って居るのが、真実だろう。マトリックスの中だから、何でも有りって事なのかな。
話がずれた。人類より恋人トリニティを選ぶ救世主、パラドックスで有る。尤も、恋人も救えない奴が人類を救える筈が有る訳無い、とも考えられる。
いずれにせよ、ネオは己を犠牲にして人類(ザイオンのだけど)を見事に救ったのだから、間違い無く救世主だ。たとえ、つかの間の平和で有ったとしても、で有る。
どうせザイオンは、やがて滅ぼされ、再建されるのだろう。機械が偉く義理堅い連中とは思えない。ならば、利害は永久に一致しないので、力に勝る機械が勝つのは当然だ。
余り明るく無い映画ですなあ。其れでも、あたしはマトリックス命です。
2011年1月13日木曜日
ああ、空よ その一
雨や雪や霰や槍の降る日、或いはガスッた日は除く。空も雲も見えないから。特に槍の降る日はヤバイので気を付けよう。
山を歩いていて、わっ、景色が良いと、思わず思う(?)時は、色々状況は有るが、森林限界を超えた瞬間は間違い無く、それに該当する時だろう。丹沢は森林限界を超えないので、そこは残念だが、樹林が力一杯切れた場所だと思って下さい。遥かに続く山々、爽やかな(冬山ならどらー厳しい)風、今迄と世界がガラッと変わるのだ!わー、何やこれ、メッチャ綺麗わー!
最近分かったのだが、その感動には空の存在を絶対に欠かせないのだ。空は森林限界を超えなくても常に上には見えている。だから意識していないだけなのだ。と言うより、意識できないのだ。
曇天の時に、山々だけ見渡せる事がある。出会いの章で引用した、草野心平の
いきなり がっと 夕映えの富士
の世界だ。その感動は、山々と、すれすれの雨雲屏風のような、雲が創り出している。そう、空(或いは雲)が景観の大きな要素なのだ。
今頃分かったの?はい、そうです!私は本来とても美的センスに欠けるもので、非常に恥ずかしいし、我ながらこれで良いのか?と思ってはいます。でも無いものは無いので、等身大で生きるのみです……。
ふん、こうなりゃあ気付くだけ上等じゃんかさあ、と開き直るしかない。処で開きと言えば鯵で、相模湾の開きが最高!あ、済みません、全然違う話で、鯵の開きではなく空の話でした!
抜ける青空は素晴らしい。でも、漂う雲、高く彩る鰯雲、巻き雲、鱗雲が彩る空は、より味わいが深い。わーと湧いて来て、見る見る視界を奪うガスは嫌いだけど。何も見えなくなってジャンジャンって、とても嫌なのは皆さん同感に決まってます。
もっと嫌なのはレンズ雲なので、ご存知でしょうあのレンズ雲。あれを見ると、一気にに緊張しアドレナリンが体中を駆け巡る。経験のない貴方は選りすぐりの幸せ者です!
ヤバ、来ちまった、前線通過の前触れだ、さてどうやって逃げ切ろう、と忙しく考えながらも、取りあえず悠々と一服つけるのだ。慌てない為にも先ず一服とは、私の決め事なのだ。
え、時代遅れだ、健康に悪いって?放っといてよ、健康よりも目前の危機の突破が大事なの、特に山の中でヤバイ時は!疑う人は、私と山を歩こうよ、ひょっとすると分かってくれるかも。ヤバイ局面が無ければ幸せなんだけど、煙草の効用は分からないので、私に取っては痛し痒しで一寸と不服。あ、脱線した、話を戻そう。
(ああ、空よ その二へ続く)
2011年1月10日月曜日
休題 その五十七
何度も鑑賞に堪える映画は、そうはざらに転がっては居ない。観る度に新しい発見が必要だからだろう。さも無くば、流石に何度も観れば、飽きて仕舞う。
あたしにとっての、そう言う映画の一本がマトリックスで有る。え、無闇と俗だって?悪かったね、あたしゃあ無闇と俗な人間なんだよ!!
日本のアニメが発想の原点に有るらしいが、其れとは別に、立派に作品として成立して居る。映画館で一回、DVDで十回近くは観て居る筈だ。
勿論、突っ込み処は満載だが、そんな事が気にならないだけのパワーが有るので、矛盾、不整合なんざ吹き飛ばされて仕舞う。
とか言い乍ら一つだけ、どう考えても変な処を論(あげつらう)っちゃおうっと。
ネオの体が何処に有るかを探るプログラムの入った赤いカプセルを、ネオは飲んだ。で、覚醒した為に廃棄されたのだが、即座に救いが来て、ネオはモーフィアスの船に収容されるのだが、三作目のレボリューションでは、「機械の国に近づいた者は居ない」とか言ってる。
では、ネオを何処から救出して来たの?機械の国以外に人間発電機を設置するってえ事があんのかい?人間発電機は心臓部って訳なんだから、機械の国の、其れも中心部に決まっているだろがよ!!
下らない事でした。一作で終ろうとして居たのが(あたしの読みです)、思わぬ好成績で、2、3作が作られた、とあたしは思って居る。当然、不整合も表れる訳だ。間違って居たら御免なさい。
ケチをつける章では無い。褒める章なのだ。
機械と人間の対立、多い主題だ。古くはモダンタイムスから始まり、ターミネーター、2001年宇宙の旅にも其の部分は有るかな。
外には、えーと、AIは別に対立はして無いし、アイロボットだって操られて居ただけだし、無いかあ。あたしの貧弱な知識では、以上です。多い主題だ、は取り消します。
ネオ(英語だとニュー)は、ネオキリストなのは、一目瞭然。従ってネオ。
併し、スミスが制御不能に陥って、故に機械との交渉も可能になったのだから、スミスのお陰でザイオンは助かった様なものだ。
でも、あたしゃあ甘ちゃんの能天気だから、何等かの手段でネオが、喩えご都合主義と非難されても、スミスに勝つのだろうと、思って居たのは、白状するのも恥で有る(汗)。
成る程、其の手が有ったか!と思わせた製作者側の勝ち。映画を観るのは勝ち負けじゃ無いって?多少は勝ち負けなので、観る方と造る方の勝負の緊張感が水準を高めるの!!
ネオの勝ち方が分からなかったのは、あたしだけじゃ無ければ良いのだが……。処で、ネオの死んだシーンは、風の谷のナウシカっぽかったですなあ。続きます。
2011年1月9日日曜日
閑話番外 その四十一
標高こそ蛭より落ちるけど、どうです、大きい山でしょう。
達磨さんが転んだ五の写真は前出で、加入道避難小屋を示す道標なのだが、大室と加入道は一括りの山だから問題は無い。
それに、あたしが勝手に好きな写真なんで、つい載せて仕舞いました。
2011年1月8日土曜日
達磨さんが転んだ その五
済みません。縁が無い小屋だったので、推定です。でも、多分当って居るでしょう。
話は、昔々其の長者舎近くから尾根に取り付いて、ひたすら登った時の事だ。三月だった。世田谷からに入ると、中央フリーウエーで日の出を迎える。良いもので有る。夜明けを迎える中央フリーウエー、良い絵になる。
でも、車は西に向いて走って居るので、朝日はミラーで見る訳だ。そして、八王子あたりで完全に明るくなる。
で、尾根に取り付いたのだが、最初は植林帯を選んで登るので良いのだけど、やがて藪となる。其れは覚悟の上だから問題無い。暫く藪を漕いで居ると突然林道に出た。此れは問題だ。地図に記載が無いし、如何にも荒れ果てて居て、現役では無いと分かる。
少しでも楽をしたいのが人間の本性、現役の道じゃ無くたって全く構わない、少しでも登れれば良いのだと、枯れた蔦を払い乍ら右往左往したけれども、結局死んだ水平道だと判断して、藪に入ったが、あれは結局何だったんだろう。人に余計な手間を掛けさせて、地図にも載せないとは。
問題は、死んだ水平道を棄てて再度藪に入ってからが長い事。当時は今よりは遥かに若かったのだが、それでも、おー、ピークが見えた、と何度騙された事か(情無い)。
どっしりしてるから、緩み(ゆるみ)も有って、普通に判断すると其れがピークに思えるんだ、此れがさ。ま、辛いから騙されるので、好調なら何て事も無いのだろう。
同じ登り(或いは下り)でも、調子に依っては全く別物になる。何たって、荷物を背負っての急登は、しかも足元が滅茶苦茶に悪い時は、地獄の苦しみとなるのが世の習い、何度そんな思いをした事かねえ。
其処が大室山らしい要素なんだが、登ってる人間にはやけに辛いと言う事なのだ。従って、「達磨さんが転んだ」は当然の自衛的行動だったのだ。
とは言っても、私がYやSBの年だったら、そうはなんなかっただろうけど。ん、SBはスポーツマンだから、ザックには遠慮無く色々と放り込んで無闇と重くした。じゃあ仕方無いだろう。
では、Yはどうなの?Yを責める章では無かった。気持ちは良く分かる。先導者が止まれば、辛い思いの自分も止まる。いや、止まらざるを得ないのだ。
地味だけどどっしりした山。晴れて良し、降って良し、ガスも良し、雪も又良し。
見て良し、登って良し(辛い場合も、有るけど)、此れで展望が良ければ、丹沢一、二の山になっちまって偉く混むだろうから、大室山は今の侭が良いのです。
2011年1月6日木曜日
閑話 その六十三
幕営で雨降りの時は辛い。理由は馬鹿馬鹿しいのだが、あたしはフライを着けるのが面倒なので、テントを買うとフライは棄てて仕舞うのだ。良く考えれば、アホじゃ!!
昔はフライを着けるのが、結構手間だった。でも、今は凄く簡単になって居るのだから、使えば良いじゃないのさあ。
それに、今のテントは出入り口が斜面に有るので、出入りの度に雨がテント内へ降り掛かる。土砂降りなら、表には出られない。
昔のタイプは、横の垂直な面に出入り口が有ったので、雨でも風向きさえ間違えなければ、出入りに苦労は無かったのだ。
こんな絵に描いた様なアホになった原因を思い出して見た。
一つは不精なので、フライが面倒だった事。
一つはテントの材質がテトロン、ナイロン、ゴアと向上して来た事。これには説明が必要ですね。
昔々々のテントは綿布だった。雨に降られるとたっぷりと水を含んで、重く垂れ下がって来る。さて、中の人間は細心の注意を要求される。そんな状態の綿布には、決っして内側から触れてはいけない。
うっかり触れれば、其の場所からポタリポタリと水が落ちて来るのだ。皆じっとして居て雨音を聞いて居る訳では無い。炊事をしたり片づけをしたり、結構忙しく動いて居る。
従って、頭や肩や背中や手や、何かの拍子にテントを擦っちまうんだな、此れがさあ。すると、てき面に雨漏りとなるので、とても困る。で、ただでさえ思いテントにフライ迄着けたのだ。
フライの内側は触れられない。従って雨漏りも無い。でも、重い。
それが素材の向上に依って、雨が漏らなくなった。万歳!!じゃあ、フライは要らないや、と言う簡略な発想で有る。アホにしか出来ない思考なのだ、えっへん。
此処の処、春の連休はYと上越に入る。当然フライも無く、しかも小さい私のテント(2、3人用)はお呼びじゃ無く、Yの一回り大きくてフライも付いて居るテント(3、4人用)を使う。
此れが優れものなのだ。ゴアでは無いが、ゴアの必要性なんざ、これっぽちも無い。重くて迷惑なだけだ。
何たって広い(比、私のテント)。悠々とテント生活を送れる。ゴロゴロしても大丈夫。
写真は其のYのテント、フライ付き。場所は丹後山の肩近く。此の時はもう一パーティ(若いカップルだった)が登って来た。我々はテントを張って居る。
男性「良い所で張りますね」
私「ええ」
女性「本当に素敵な所!」
彼等は丹後山迄頑張るのだろう。そう言う拘りの無い我々は、此の天国の様な所で、一夜を過ごすのです。
2011年1月3日月曜日
達磨さんが転んだ その四
二人は渋々と登り出す。此れを何度も繰り返した。本当に達磨さんが転んだ状態だ。傍から見れば、山の斜面でおじさん達が遊んでいるとしか思えないだろう。こうなりゃ笑うに笑えない。流石西丹沢の盟主、苦労させられる山ですなあ。
あ、皆さんは「達磨さんが転んだ」を知らないかも知れない。
では説明すると、鬼の奴が後ろを向いて「達磨さんが転んだ」と言ってる間に、外のガキ共(侮辱した言い方だって?昔の子供は皆ガキだったんだ!)が前進し、鬼が振り向いた瞬間動きを止める。ボヤボヤしたガキは鬼に動きを指摘される。
鬼「××、動いたぞ!」
××は鬼の後ろに捕虜として並ぶ。鬼に動きを察知されずに、首尾良く鬼の背中をタッチした奴がヒーローで、同時に捕虜は解放され逃げる。と言う子供の遊びなんで、決しておじさんの遊びでは無い。それなのに、わざわざ急斜面の登りで其れをを再現したのが、YとSBなのだ。
思えば、ユーモラスな絵では有る。でっかい荷物のおじさん達の、必死な形相の「達磨さんが転んだ」。どう考えても馬鹿で有る。
此れ又前述の手沢も、斜面に取っ付いてからが長かった。沢登りで無く、ザラザラの斜面登りに来たんじゃないか、と思う程長かった。半端じゃ無いのだ。
いや、あれは間違い無く沢登りでは無く、斜面登りなのだった。しかも急でザラザラの斜面なのでとても嬉しい。山がどっしりとして居る証拠で有る。
手沢の時のYの軍手の話はしたが(勿論、誰も覚えてっこ無いのだろう)、もう一つ有るのだ。
Yが出発を掛けても動かない。何をしてんだ、と見ると、拾ったらしい短い枝で腕をセッセと擦って居る。
私「Y、どうした」
Y「ダニが付いたんだ」
私「え、ダニ?」
Y「ほら、こんなに」
確かに小さなダニが固まってびっしりと付いて居た。一寸と驚く風景だ。ダニの巣でも擦ったのかな(巣って有るの?)。
それからYはすっかりナーバスになり、しょっちゅう立ち止まっては、ダニが、ダニが、と呟いては腕を枝で擦る。
今思うとあれは、「達磨さんが転んだ」のダニバージョンだったのだろう。ダニが付いたと言って小時の休みを得る。
Yよ、巧く考えたもんだ、偉い(勝手に決めるなって?そうに決まってるの!)。此れは責められない、責めたりしたら余りに気の毒だ。それだけ大室山は苦労させられる山だと言う訳だ。
昔、長者舎と言う山小屋が有った。今の神ノ川ヒュッテの十五分位手前だった。神ノ川方面のベース的存在だったが、今は無い。東海道自然歩道が、風巻から神ノ川ヒュッテの位置に近く下る様になったら、用無しになっちまったって事かな?
(達磨さんが転んだ その五へ続く)
2011年1月2日日曜日
閑話番外 その四十
面倒な話を読んだ人は、きっとあたしを北京原人の生き残りだと思う事だろう。
ビッグバンをあざ笑い、ダーウィンの進化論をエセ科学と決め付け、相対性理論にさえ疑問を持つって言う騒ぎなので、我乍ら大分あっち(あっちってどっち?)へ行っちまってるぞ、と思う程だ。
でも、どうしてもそう思って仕舞うので、どうにも仕方が無い。承知で馬鹿を晒して居るので、怒らないで下さいね。
2010年12月30日木曜日
達磨さんが転んだ その三
犬越路から一時間半弱、ひたすら登ると、ポンと大室山へ着いて仕舞うのだから、何と良い話じゃ御座いませんか。あそこが頂上かな、と何度も騙されガックリしないで済むのだから。
でも、或る程度の荷物を背負て、幕営か避難小屋で過ごすつもりの時は、結構きつい登りとなる。前どっかに書いたかな?ダブったら失礼。
雨の秋の日、濡れそぼった黄葉の中をザックを背に犬越路から大室山へ登ったが、そんな時には意外と辛い路で有る。檜洞から蛭を目指したかったのだが、天気はずーっと悪いと分かって居たので、蛭は止めて畦ヶ丸に行くと変更したのだ。
だって、雨の中苦労して、蛭に辿り着いても何も見えないし、唯濡れて苦労するだけなんで、じゃあ、畦ヶ丸が良いじゃないか、と決めたのだ。
え、普段は雨だろうと風だろうと関係無く丹沢は素晴らしいと言って居るのに、話が違うって?良いの、雨は畦ヶ丸の方が似合うのだから当然の判断なの!(勝手な言い分ですか?)
何時の話かと言うと、十年前位の事。うーん、ほぼ三日間共雨だった。其れは其れで、しっとりとした貴重な思い出になって居るのだ。何たって丹沢だもんね。無理してないかって?全然して無い。
大室山の様な樹林の山は、天気に関わらず風情が有る、と言う事は、天気が良くても展望が利く訳では無いし、ガスって居る方がかえって幽玄で楽しかったりするものだ。
だが、黄葉真っ盛りの時期は違う。全く違う。飽くまで私感だが、ガスの中の黄葉より、日を受けて煌く黄葉が遥かに美しい。我乍ら俗な感覚だとは自覚して居るが、晴天の黄葉の下を歩いて御覧なさい、きっと同意してくれる筈です。うん、新緑の頃もそうなんで、此れもお試し下さい。
椿沢の章で、最後は詰め上げたと書いたが、何せ相手は大室山で有る。と言っても分からないでしょうねえ、昨年初めの頃の章だから。お暇な方は、ご覧下さい。
で、流れが消えて、斜面に取っ付いてからの登りが長い。おまけに幕営具を背負って居るので重い上に、足元の悪い斜面が、やけに長いのだ。
YとSBが私に続いて居るが、直ぐに間隔が開く。私が振り返ると、二人は瞬間にぴたっと動きを止めて私を見る。
こっちは追いついて来るのを待つつもりで立ち止まったのに、二人はピタッと止まって私を見て居る。何考えてんだ、全く!ま、辛いのは分かるんだけど……。思わず笑ってしまった。
私「達磨さんが転んだじゃ無いんだ、止まらずに登るんだ!」
二人「……」
(達磨さんが転んだ その四へ続く)
2010年12月29日水曜日
クソ面倒な話 その二十六
本棚に有るので読み直そうかとは思って居るんだけど、まだ読み直していない。ブックオフに持って行ってもせいぜい50円だろうから、読み直した方が、比べれば未だしも良いだろう。
何の本かって?失礼しました、リチャード・ドーキンスの「利己的な遺伝子」です。初めて読んだ時は、フーンそんなもんかね、と思ったんだけど、今思えば、フーン馬鹿言うんじゃねえよ、と言う内容ですなあ。
DNAが生物の形態を決める?本当にそうなんけえ??
蛙のDNAを鳥の卵子のDNAと入れ替えたら、鳥がオタマジャクシに代わって生まれるのかねえ?
此れは無いのだ。人のDNAを犬の卵子に挿入(勿論犬のDNAを取り去って)しても其の卵子は発生せず、死ぬ。
DNAが生体を乗り物として、生き物全てを制御するものならば、其の現実は矛盾としか言い様が無い。え、分からない?
生体がDNAの乗り物だとしたら(「利己的な遺伝子」)、DNAの命令に従うべきで、発生は無い、と言うのが、既に間違えだと指摘して居るのだ。
同じ配列のゲノムでも、種に依って違う働きをする。例えば、人なら眼を造るが、全く同じゲノムが虫では複眼を造る。其の種の文化伝統(?)に依ってDNAは解釈されるのだ。
DNAで生体が定まる訳では無い。DNAが全てを決すると言うのは、新しいDNA迷信の誕生と言う事で有る。
此れがネオダーウイズムと手を組んだからややっこしくなっちまった。
迷信とは、科学が進歩するに合わせて、見掛けは進歩して、限りなく湧いて出るものなんですなあ。
勿論、ネオダーウイズムの事です。
2010年12月26日日曜日
達磨さんが転んだ その二
無理を言いました、大室山自身には全く責任の無い事。あくまで地政学的問題なのだ(オーバーな表現です)。それに、山頂で聞くチャイムも何か哀愁を感じられて、割りと良いものでは有る。バイクの爆音は勘弁して欲しいが、風向きも影響するので、何時でも聞こえる訳では無い。
さっき触れた国境尾根は、今は点線の路になって居るだけでなく、流行の山駆け回り(正確な呼称を忘れた)のコースで、厳しさ度No2か、No3か、No4になって居るそうなんで、国境尾根を走って登り、大室山頂手前から神ノ川へ走り下り、風巻へ昇り返して姫次に登り、其処から下ろうと言う物凄さ、おー、やだやだ。
其の異常に厳しいレースの参加者諸君には敬意を表するが、心肺機能は間違い無く逞しくなるだろうが、偉く関節に悪いと思える。過重な負荷を掛け続けると、軟骨は当然乍ら磨り減って、加齢と共に動けなくなるのは、決まりきんた……、う、ヤバかった!
まあ、山はレースの会場では無い、と言う年寄りのノスタルジーなんでしょう。山は、私に取っては相変わらず神聖な場所で有って欲しいので、旧弊と言われても直せないのだから、年寄りは仕方無いのだと思って頂ければ有難いのです。
前述の通り、形がどっしり型なので、もう着くだろうと思われる地形になってからが長い。あそこがピークか、と何度も思わされ、何度もがっかりする造りなのが、とても良いんだか悪いんだか(悪いよ!)。
其の思いをしないで済むのは、犬越路から登るのと加入道から登るコース位だろう。此れはさっと登って、さっと下れるのだ。結構嬉しい。
秋の一日、卑怯にも車で用木沢出合いに入り、白石峠へ登り、大室山から犬越路へ下って来た事が有った。黄葉真っ盛りの山に出掛けた訳で有る。二昔前の事。此れは楽なルートなんで、へっへっへ。
快晴の秋、空気は偉く冷たいが、気にもならない。一面の樹木が色付き、空気迄其の色に染まるかと思わされるのだ。ね、良いでしょう、何て幸せな私。加入道を超えて破風口へ下る時がハイライト、大室の斜面を背景とし、一段と黄葉が映える。
こちとら其の時は、車なのでスタートが早い。暗いうちから既に丹沢の麓を走って居て丹沢湖へ登って行く。其の侭車を置いて、白石峠へ登って行くのだ。だから一番バスで登って来た人達とは、私が大室山を下り始めて擦れ違う事になる。
「もう下りですか」「速いですねえ」と声を掛けられるが、単に出発が早かっただけなので、ばつが悪いのです。
擦れ違った人達は、バスで来た人が多いので(きっと)、当然西丹沢のバス停で降りて用木沢出会い迄三十分。其処から気持ちの良い流れに添犬越路って行くと、知らぬ間に流れから離れ、笹の犬越路に着くので、人気のコースなのは無理も無い。
(達磨さんが転んだ その三へ続く)
