2013年1月20日日曜日

我がロマンチック街道 その五





 オジカ沢ノ頭の避難小屋に泊まった事が有った。五月だったが珍しく小屋の周りに雪は無いので、先迄行って雪を取った。誰も来ない。嬉しいのだが、何だか一寸と寂しい。
 人は来っこないが、其の代わりにちゃんと風は来た。小屋は一晩中揺さぶり続けられたが、詰まり、其れをこそ、上越国境と言うのですなあ。

☆第五区間
 谷川岳から清水峠が、私の第五区間となる。第四区間の翌年位に、歩いた筈だ。古い話では有る。
 谷川岳は双頂で、トマノ耳とオキノ耳(1977m)と呼ばれて居る。どちらも切り立ったピークで、偉く高度感が有る。ガスっぽかったりすると、恐怖すら感じる。え、そんな臆病者は私だけなの?
 谷川岳からは北上する。直ぐにノゾキが有り、一ノ倉沢を見下ろせるが、私は怖くてろくに見下ろせない(又恥)。其処から直ぐに一ノ倉岳で、避難小屋が有る。
 これまた大昔、雪で埋まった小屋の入り口が除雪されて居たので、中で休んだ事が有った。降っては居なかったが、風とガスで偉く寒いの。中は風が当らず天国で有る。
すると十人程のパーティが表を通過して行った。それが何?いや、それだけなんだけど、やけに強く印象に残って居るのは、単独の自分と引き比べて、羨ましく感じたからだろう。単独行は不安なものだ。特に視界の無い時は。
 此の一ノ倉岳に未だ避難小屋が無かった頃に、芝倉沢の章に有る、シーンと言う音を聞いた、夢の様な夜を過ごした訳なのだ。
 直ぐ隣が芝倉岳(1977,9m)。本当に近いの。小さなたわみを挟んで並んで居ると思って貰えば、ほぼ正しい。
 で、武能岳、蓬峠を通過して、方向を東北に変えて七ツ小屋山、そして清水峠に至る。やっと着いたぞ、清水峠。下山する迄に山中二泊を要した。
 (我がロマンチック街道 その六へ続く)

2013年1月18日金曜日

休題 その百三




 休題九十七で、町田市のインフラ不整備についてブツブツ言った。あれは殆んど私憤だったが、今や公憤に変わった。
 我が家から歩いて十分程に芹ヶ谷公園が有る。結構大きな公園で、流れも有れば遊歩道も広場も有り、自然たっぷりの場所で、鴨の親子の姿が可愛いのだ。
 此処は要所要所に立派なトイレが有る。天気が良ければ、近くの保育園が幾つもやって来て園児を遊ばせて居るが、問題無い所だ。で、前回、大きな公園は問題無い、と書いたのだ。一ヶ所だけで判断したのは、あたしの誤りでした(ペコリ)。
 本町田に、薬師池公園とリス園が隣接して設けられて居る。此処も中々広く、自然がたっぷり、駐車場も完備なので人出が多い。花も鳥も売りなので、大きなカメラを構えて、一日頑張る人も居る様だ。
 処がトイレが一ヶ所にしか無い。それも広い公園の端の方だ。人が大勢来ると言うのに。強いて言えば売店にはトイレが有るが、売店使用者の為の物で、極小さい。詰まり、公衆トイレは端に一ヶ所しか無いのだ。
 リス園の駐車場は180台もの大きさだが、トイレが無い。子供がリス園で夢中になって遊んで、出て来るとトイレが無い。
 ディズニーランドも伊豆高原も、トイレの綺麗さが売りの一つだ。あたしが出張員の頃、出張員仲間から、行きつけの店を探すなら、トイレが綺麗に掃除されてる店なら間違い無い、と良く聞いた。
 汚れ易い所を綺麗に保つのが、文化で有り文明で有る。
 其れ以前なのだ。綺麗に保つ場所が無い。必要不可欠だろうに、無い!皆さんどうして居るのだろう。自然豊かだから、物陰が多いって事なのだろうか?
 無理も無いとも言える。つい此の間迄農村地帯に毛の生えた様な田舎だったのが、急激に都市化したのだから、意識が追い付いて行かないのだろう。
 でも、それじゃあ野蛮な多摩地方の印象其の物じゃんかさあ。町田は文化都市なんでしょう市長さん。違うって?失礼しました!!

2013年1月15日火曜日

我がロマンチック街道 その四





 大昔、キスリングを背に其処を登った。お蔭様で吹き降り、冷え切った腿はつりかけて、騙し騙しやっと平標に立った。(詰まり、筋肉がつらない様に筋肉を騙し乍ら歩くので、其の意味が分かる人は、少ないでしょうね)
 天気は回復しそうに無い。すっぱりと縦走は諦めて隣の仙ノ倉山(2026,2m)迄進み、ピークの西側の雪面に幕営した。風当たりが多少増しだったのだ。それに、翌日はシッケイ沢を下ると決めたので、少しでも近づいておいたのだ。積雪期の上越国境での無理は、(無雪期でも、で有った)絶対に禁物なのだ。
 翌朝、相変わらずの吹き降りで有る。とても嬉しい。どんどん下って毛渡沢に合流し、暫くで滝に出会った。地図で滝の存在は確認して居たのだが、雪に埋まってるだろうと、淡い望みを抱いて居たのだ。
 甘かったです。埋まる様な可愛い滝では無かった。其処迄下ってりゃあ登り返す気力は無い。絶対に無い。
 仕方無く大高巻きをした訳だが、滝が遥か下になって、ピッケルを根本迄差し込み、一歩一歩を慎重に蹴り込んでビクビクとトラバースした、高所恐怖症で臆病な私(恥)。
 仙ノ倉山へ戻ろう。西に進むとエビス大黒ノ頭を越えて毛渡乗越へ下る。岩稜の急坂なので、悪天候の時は(普通でもね)嫌な場所だ。毛渡乗越から登り詰めると万太郎山(1954,1m)に着く。此の間に二つも避難小屋が有る。それだけ、(天候に依り)ヤバイ区間と言う事。
 万太郎に立てば一安心、雄大な景色を楽しめる。あくまで景色が有ればだけどね。
 先はまだまだ長いので急ごう。三つ程ピークを越せば谷川岳で有る。途中の小障子ノ頭とオジカ沢ノ頭にも避難小屋が有る。余程天候遭難が続出したのだろう。此れでもか、と言う程の念の入れ様なのだから。
 (我がロマンチック街道 その五へ続く)

2013年1月14日月曜日

閑話 その九十五





 前回の続きの馬鹿話。
 写真は、文とは無関係な雪の木道です。
 普段はあたしがガンガン飲んで、Yが「もう駄目」となる。今回は、あたしがもう駄目。Yが平成元年にメルボルンの免税店で買ったレミーマルタンが有るのにだ!
 旨いかって? 24年寝てたブランデーだ、不味い筈無いでしょうが!! 分かってるけど飲めないの、風邪っぴきの爺さんには(涙)。
 普段はYがテント内で何かこぼしたり、引っくり返したりして、あたしが呆れる。此れは決まり事だった。風邪をひきゃあ違う。疑う方は、風邪をひいたら、雨の日を(出来たら冬)選んでザックを背負って、940m程の山へ登って御覧なさい。
 大きめのカップに湯を沸かし、三人分の味噌を溶いて、具を入れて有る各人のカップへ注いだ。詰まり、一人1,5人分って事。するとあたしの手が火器に触れちまって、アチアチ!!とカップを振り回した。アホです。辺りは味噌汁だらけ……。
 それでも一寸と寝たら多少楽になり、夜中の宴会でレミーマルタンもたっぷり飲めたのは、何よりだった。
 例に依ってひたすら寝て居るYを、起こしたのは翌朝5時半だった。此の日は下山のみ、のんびり寝て居る予定だったの。ゆっくりコーヒーを飲んで一日が始まる。
 ところがですよ、下りでも苦しむとは、おらあ情ねえだよ。フラフラして思う所に足が置けないの。う、う、(涙)。
 救いは僅か700m一寸との高度差、何とか降り切った。降り切れなければ、話にならない。あ―、大室山でなくて良かった。尤も、大室山だったら中腹で参ってテントだろうから、結局は同じ事か。
 O屋で朝っぱらから一杯、良いのさ、忘年山行だもんね。
 結論、歳を取ったら、風邪をひいて山へ行くべからず。急性肺炎にならなかっただけ、見っけモンってこったす。