2025年9月11日木曜日

閑話 その五百六

 


 日本で一番標高の高い稜線は、南アルプスの白根三山だ。北岳、間ノ岳、農鳥岳と3000峰を三つ越える。南の雄大さを満喫できるコースである。それを次女が六日に出発して縦走して来た。多分二度目だろう。

 初日に北岳、そして北岳山荘で幕営、翌日は大門沢小屋幕営の予定だったが、三日目の天候が悪そうなので奈良田へ一気に下山、多分そこの温泉で泊まって八日に帰って来た。

 一泊で三山縦走をやりますか。いやいや、知らぬ間に中級者の入り口に立ちました。残念なのは北岳がガスだった事。二日目もガスに覆われていたと言うから、登頂を止めて下山を選んだのかな。それでも所々景色は見えたのだから、上等だ。あたしなんざ二度もガスの北岳、三度目でやっと景色が見れたんだから。いや、四度目だったかも知れない。惚け寸前で昔の事(勿論最近の事も)すら朧ですよ。

 次女には珍しい。表銀座は雨でも、槍に着けば晴れると言うラッキーさ、今回はそうはいかなかったか。それでも頂上を一寸と下れば景色がある。下の写真だって北岳山荘が見えている。

 

 稜線も見渡せる。


 

 これは多分中白根だろう。何せ北岳はガス

に包まれて見えなかったそうだから。


 

 あたしは何にも見えないって山は随分あったが、次女にはない。半端にしろ景色は現れる。あたしが”晴れ女”と称するのは無理もない。長女は典型的な”雨女”なんだけどねw

 北岳山荘から奈良田は地図上十時間二十分、若さですなあ。あたしなら大門沢小屋で泊まる、誰が何ったって泊まる。歩けないもん。その前に、もう南には行けんです。

 北岳にはいかず、間ノ岳から下った時は、濃鳥小屋伯、そして大門沢小屋伯。何じゃそりゃあー!と驚かんで下さい。もう六十を越えていたんで無理はできんかったですよ。たっぷり広河内岳(2895m)で時間が流れるに任せたです。歳なりの山があるんですよ。

2025年9月8日月曜日

休題 その五百九十三

 


 みっともなくも総理の椅子にしがみ付いていた石破君がやっと辞任したのは目出度い。 今日の投票で総裁選前倒しが決定して引きずり降ろされるのは、流石に恥ずかしいと思ったのだろう。でも、その話ではありません。

 「鬼滅の刃 無限城編 第一章」が公開四十五日目の九月一日に三百億円の売り上げを達成した。日本記録は「鬼滅の刃 無限列車編」の四百億円なので、抜き去るのは確実だろう。これから欧米で封切られるのだから。

 あたしは未だ観ていない。一位が続いているから。満員の観客のマナーが悪いと言う書き込みを幾つも読んだので、空くのを待っている。もうそろそろ良いかな。

 アニメなのに二時間三十五分、長尺である。制作に三年半掛かった、何じゃそりゃあ! UFOTABLEは徹底的に拘った様だ。”長期製作期間”、”完璧主義的アブローチ”、”時間を掛ける事でクオリティを最優先する姿勢”。全て従来の常識を打ち破るものらしい。アニメは半年から一年で造るものだったから。

 その出来栄えは素晴らしい、と絶賛されている。UFOTABLEの絵の美しさは先刻ご承知だが、美しいなぞと言う水準を超えた様だ。”無限城”と言う刻々と変化する広大な建物を細部迄拘ってCGで作成、その中を手書きの登場人物が走り回る。新技法である。

 リピーター率が30%だ。SNSで悪評を書く人もいる。そのうちの多くが(%は書いてなかった)複数回観に行ってる事が分かった。そして回を重ねると意味が伝わり高評価に変わる。一回では分からない造りの様だ。勿論、十代二十代三十代には絶高評で、年代が上がるに連れて低評価が現れる。二度三度と観ると、理解が及ぶと言う事らしい。

 あたしは一度じゃダメだ、絶対ダメだ。「進撃の巨人」にも苦労したんだからね、エッヘン。威張る事じゃないが、情けないだで威張って胡麻化してるんです。

 ベネチア国際映画会のディレクターは「この作品は、もはやアニメーションと言う枠に収まりません、映画芸術の新しい形として評価すべきです」と発言した。UFOTABLESONYは新しい映画ジャンルを造ったのですな。

2025年9月5日金曜日

休題 その五百九十二

 

 町田にはゴミ出し日カレンダーがある。どこにでもあるのかな。十月から九月迄なので、シルバーが市から請けて九月に配る。あたしは千八百枚、二十日迄に配れば良いのだが、変にせっかちなもんで一日、二日、三日の三日間で配り終えた。

 お陰様で三日間共ガン照りで36℃、一回に自転車に積めるのは二百枚が限界、依って一日に三回荷物を積んで出発する。或る程度配って軽くならないと自転車もフラフラ運転、バランスの衰えを痛感したですよ。停める時も重いだで大変、二度も倒しちまっただよお(涙)。丁度車が来なくて良かった。

 配り終えて帰宅すると先ず水か麦茶を飲む。そして次の荷物の準備を始める。準備が成ったら又水を飲み、何か甘い物を口にする。山登りのチョイチョイの感じである。十五分程休んだら、気合を入れて陽光の下へ出かける。

 ここ何年もやって来たのだが、今年は辛く感じた。三日共暑かった所為だろうか。加齢に依る衰えだろうか。多分その両方だろう。いやもう、暑くて暑くて、日陰が殆どないの。

 最悪は中規模マンションで、入り口は自動ドア、建物はオートロックでポストはその前にある。勿論冷房はなく日差しが良い。サウナです。三十枚位だから良いが、多数の投函ならポスト前で倒れていても可笑しくない。倒れてもカレンダーを握っていれば、褒めて貰えるもんでしょうかねw

 アパートの二階に上がるのすらキツく感じる。そして下るのも何かおぼつかない。ひょっとすると熱中症になり掛けていたのかもです。一回の配りが、廻りの悪い時(集合住宅が少なく、一軒家が続く)は二時間半以上掛かるのだ。その間、ずーーっと暑い。

 確かに暑い九月の始まりだった。既述だが、その所為だけには仕切れない。自転車でフラフラなんて、そうはなかった。明らかに体力・バランスが落ちてます。年相応って事ですか。

2025年9月2日火曜日

閑話番外 その百八十

 

 前章で次女が表銀座を歩いた話をした。燕(つばくろ)岳から大天井、西岳を通過して槍ヶ岳へ至るルート(或いはその逆)を指す。名前で分かる通りの、大人気コースである。上の写真は借り物です。

 あたしは一回しか歩いていない。四十歳位だったかな。務めていたのでゴールデンウイーク。結構雪の多い年だった上に、あたしとしては珍しく三日間全部晴、嘘の様に美しい雪の表銀座であった。

 半世紀近く前の事なので記憶も曖昧になっちまった。燕の登山口が雪で不明、踏み跡を追って沢から這い上がった記憶がある。初日は西岳迄入った。当時積雪期にテントを張れる場所は西岳しかなかった筈だ。燕小屋には張れるが、槍迄地図上で九時間二十分、夏道は通れないので岩稜を行く為軽く十二時間以上は掛かるので、西岳へ着くしかない。小屋は埋まって幕場は狭まり四張りがやっと。あたしは四張り目だった。他に来たパーティはなかったので、単独のあたしと他三パーティが槍を目指した訳だ。

 翌朝あたあしはラストに出発したと思う。単独行者は気楽です。前者のトレースを追って行くが、岩が続くのでトレースもしょっちゅう消える。天気が良いので行先に悩む事はない。あたしが通れたんだから、それ程厳しい岩稜ではなかったのだろう。一寸と冷や冷やはしたが。

 槍に向かってひたすら歩いた。いや、岩を登ってた方が多かったかな。たまの下りも稜線が見通せるのだから全く問題ない。結局槍迄誰にも追い付けなかったから、常にあたし一人。三パーティの諸君は強者揃いだったですなあ。ん、あたしがだらしなかったのかな? 雪の表銀座を貸し切りでした。段々槍が近づき、左下の槍沢は大勢の登山者が登っているのが見える。

 積雪期の表銀座は人がいない。今はどうだか分からない、何せ大昔の事なもんでね。それでも槍には人が一杯でした。穂先に立つと、日本一高い所にいる様な気がしましたなあ。

 つい大昔の表銀座を思い出しました。スツレイ致しましたです。