2024年12月9日月曜日

閑話 その四百六十八

 


 先月末と今月初めに弘法山へ行った。ああ、何とでも言って頂戴、喘息でスベリ症の爺さんが行くには丁度良いんだからさ。

 黄葉(紅葉も)はこの里山ルートでは期待できない。植生の半分以上は植林じゃないんだが、どうも巧く色付いてくれない。中には色付く木もあるんだが、全体のボリューム不足ってとこでしょうか。

 今月行った時はカメラを持たず、一生懸命歩いてみようと思ったですよ。できたら以前と同じく一時間半で歩けたら良いなあ、なぞとスケベ根性が出たのですよね。

 この日は面白い事に単独行は極僅か、多くはカップルで、若者から初老迄前年代を網羅していた。次に多かったのが三人パーティ、男女女の組み合わせが殆ど。まあ、そんな事ばかり観察してるあたしが一寸と変かあ。

 年少と呼ぶのだろうか、三才位の幼稚園児が弘法山へ登っていた。あたしと擦れ違ったのだが、十人位の幼稚園児に付き添いの保母さん三人。いやあ、秦野の幼稚園には何度も驚かされます。よちよち歩きの子ですよ! とは言っても秦野の里山、町田で言えば芹ヶ谷公園(ローカルな話で失礼)歩きなの感覚なのかな。それに田舎の子だし。あ、差別じゃないですよ、誉め言葉なんです。

 で、あたしの頑張って歩いた話なんだけど、結論を言えば一時間三十七分だった。この七分が邪魔くさいが仕方ない。気も力も抜いてはいない、せっせと登ってせっせと下った。それでも七分オーバーですなあ。

 普段町を歩いていても、抜かされる事はあっても抜かす事は殆どない。抜かすのはチンタラ歩いてる奴か年寄りだ。思えば通常状態で足が遅くなっているんだ。

 できなくて元々、この七分を縮める挑戦をしてみましょうかね。やりゃあできそうだし。唯、気持ちばかり焦って前に出ての転倒は避けなくっちゃ。何たって歳なんだからw

2024年12月6日金曜日

休題 その五百五十五

 

 十年程前迄は夢を見ては叫んで目覚めたりしていた。人と争って大声で叫びたいが声が出ずに藻掻いて、やっと声が出て自分の声で驚いて目覚めるってやつ。或いは相手を棒で叩きのめそうとするも、思う様に力が入らず偉く困って手を振り回して目覚める。バカみたいですなあ。

 定番で、蜘蛛の巣だらけの所に飛び込んで周りは蜘蛛だらけ、恐怖の余り大声で叫んで飛び起きるってえのもありました。でも、歳と共に少なくなったのはめでたい。

 妻は相変わらず夢を見ては騒ぐ。若い証拠なのかなw しょっちゅうではないですよ、頻繁に騒がれては寝ちゃいられない、唯でさえ眠りの浅いあたしなんだから。そうねえ、三月に二回程だろうか。その騒ぎが先月は二回もあった。集中する月もあるのでしょう。

 一度目、夜中に妻がウーウーと何か言っている。常の如く肩を叩いて「夢だよ、夢だからね」と教えた。でもウーウーが止まらない。こりゃあ大分深く夢に入ったと思い、更に肩を叩き続けて「夢だよ」と言った。未だ続くウーウーを良く聞くと「肩を叩かないで」と言っている。あ、そうかと叩くのをやめた。

 翌朝聞くと「肩を叩かれるのが響いて、やめてって言っていた」との事。ウーウーとしか聞こえなかったのだから未だ半分夢の中だったのだろう。「黙ればやめたのに」と言って二人で笑った。

 二度目も夜中のウーウーである。又もや肩を叩いて「夢だよ」と言った。すると妻は、はっきりと大声で「夢じゃない!」と叫んだ。叫んだ瞬間夢だったと分かった、とは翌朝の二人の話。何やら長男と言い争っていると、「夢だよ」と誰かの声がするので「夢じゃない!」と叫んだのだそうだ。それ迄言いたい事が思う様に言葉に出ずに必死に言おうとしていたのに、「夢じゃない!」だけははっきり言えたとの事で、二人で大笑いした。他愛もない話で失礼しました。

2024年12月3日火曜日

クソ面倒な話 その百八

 


 承前。「難民支援が難民を永続化する」とルトワックは説く。最も壊滅的なものは人道支援活動である、と言う。え、食べる物もない人々を助けるのがいけない?どうやらその様だ。人でなし!と言いたくもなるが、彼には彼の理論がある。難民キャンプを造るから難民が難民の子を産んで、何代も働く事もなく難民生活を続ける。若者はテロリストになるしかない。良かれと思って行う愚かな行為だ。

 これも異議の嵐であろう。何と非道な思想だ、血も涙もないのか。飢えた子供を抱く母親を見捨てるのか、鬼!って言われるでしょうなあ。でもルトワックはびくともしない。紛争とはそういうものだと見抜いている。難民は離散してどこかで住み着くべきだ、半端な人道主義は難民と言う集団を永続的に作り出すだけで、何の未来も希望も示せない、と。ルワンダの国境外の難民キャンプは、ルワンダへのテロの基地になっている。難民キャンプと言う名のテロ基地を各国援助で運営しているだけで、彼等難民は未来永劫難民だ。意訳だがそう言っている。一理も二理もありますなあ。実際に解決不能なのだから。

 「平和は戦争につながる」。又来ましたよ、ブーイング不可避の逆説が。ルトワックの意は整然としている。平時には誰も備えの必要を感じない。むしろ戦争に備える事自体が問題になる。日本は特にそうだ。戦争と口にする事すら憚られる。魔物の名を口にすると魔物が来るって言う感じ、古代人の思想そのものである。そして次の言葉になる。

 「平和を望むなら戦争に備えよ」。軍事的バランスが崩れた時に戦争は起きる。平和が大事、戦争の準備なぞ飛んでもないとのたもう平和主義者達こそが戦争を呼び込む。誰も戦争を望まない。だからこそ準備が必要なのだ。これは非常に明快である。

 ルトワックは各国軍の教科書になっている。軍こそリアルな現実と向き合うからでしょう。