2024年11月9日土曜日

閑話 その四百六十六


  Yと一杯飲んで、弘法山でリハとするか、と決めた話は前章です。リハが必要なのはあたしも同じ、で、一昨日弘法山へ行って来ました。好い加減にしろ、バカ! との罵声は御尤もだけど、喘息とスベリ症と立て続けに来ちゃったもんで、一気に体が鈍ったですよ。だもんで、リハの山が高取山から弘法山にレベルダウンしたって事で、ご容赦下せえよ。

 何時もの道を何時もの様に行く。何だか締まりのないのは仕方ない、里山なもんだで。それでも最初の登りは結構効く。一気に140m以上登るのだが、思えば大した標高差ではない。それでもはーはーぜーぜー言うのは多少急ぐからかな。

 ここはどこ、次はどこっと頭にルートは刻まれている。この日は一時間四十分掛けたが、一定時間ひたすら歩いているだけ。里山散策なんかじゃない。リハなんだから。登りより下りが大事だと思っている。何せ下る時、一寸と筋肉に負荷を感じるから。これって下りに弱くなる前兆でしょう。だから下りは小走りを心掛ける。小走りったって爺さんが急いでよたよた下るだけなんだがw 里山だからできるので、バカ尾根でもできない。穂高なら間違いなく死ぬ。

 里山の小走り下りでも、負荷が大きい。筋肉の衰えですよ。二十代では急な下りも走って降りた。あれも自分これも自分、歳は容赦ないですなあ。

 里湯に着く頃は結構疲れているのだから、間違いなくリハにはなっているのだろう。そのリハの水準がどんどん落ちてるのは仕方ない。体力が落ちてるんだから。強くはなれない、これ以上弱くしたくないって事だ。

 里湯でアルコールが復活した。下の売店と上の自販機は撤去された侭。上の食堂で生中五百五十円、ハイボールは幾らだったっけ。日本酒が(多分一合)二銘柄、五百五十円と六百五十円。並の居酒屋の値段だ、あたしとYにとっては高いですなあw

2024年11月6日水曜日

休題 その五百五十

 

 二章前にYの現状を書いた。そのYだが、会社にいた頃は同じ課で毎日顔を合わせ、たまには出張も一緒に出掛けた。日帰りの山や泊りの山へ行き、芝居を始めると休日は稽古で一緒で終わると皆で酒を飲む。妻より一緒にいる事が多かった。

 一緒にいるだけではない。山に行くったって30%は沢登りか道なき尾根歩き、或いは春の上越、必死こく局面も多かった。沢の詰めはガレザレや藪漕ぎ、やっと道に出る時にあたしは振り返って「夢泣くな」と声を掛けるのが常だった。古文の流用です。彼とは偉く縁があるんですなあ。

 変な所ばかり連れ回されるYは「たまには登山道を行きましょうよ」と嘆き乍らも一緒に出掛けた。Yにも一寸と変な趣味があったのかもですよ。

 今年は双方の不調が交互して、三月以来一度も顔を見ていない。こんな事は絶えてなかった、異常事態とも言えるだろう。それで三日前の日曜日に新宿で飲む事にした。

 八ヵ月振りだからって普段と変わりはない。先ず昼から飲める安い店を探す、これが第一命題である。うーん、趣味、価値観が非常に近い。長い親密な付き合いも当然かもです。どっちかが洒落た高級店を好んだら、しょっちゅう飲みになんて行けないしね。

 流石に新宿、西口をうろついたらありました。飲み物全て百九十九円(税抜き)、ホールの姉さん二人は中国人だが、感じが良い人達。喫煙所はどこ?と聞くと「ここで良いよ」と灰皿を持って来てくれた。おお、貴女は天使なのか!

 近況は電話で知っている。他愛もない話や思い出話、年寄りっぽいですなあ。Yの膝は放っておけば一生この侭だ。それは当然Yも自覚している。じゃあ、里山にでも行ってみっか、多少はリハになるだろう。Yは同意なので又弘法山でしょう、リハですから。

2024年11月3日日曜日

閑話番外 その百六十九


  今年は一度も本文をアップしていない。閑話や休題ばかりだ。用意された本文は残り二、三になったので、出し切ったらこの愚ログが終わっちまう。だもんで出さんのですよ。こんなもん終わったって何の問題もないんだけどね、絶海の孤島だもんねえw

 四年前の本文、ラベルは「ちょっと嬉しい」で、たった二回の短い奴だ。山での一寸と嬉しい事を書いた他愛もない章だ。まあ、そう言えば全章他愛もないんだけど。

 「ちょっと嬉しい」事に加えれば、中高年の元気なパーティの楽し気な会話が聞こえる時。多少歳を取っても元気に山を登れる、自分やSKYも元気に山を登れなくなった今、その素晴らしさが良く分かるのです。お元気で何より、山と山仲間を楽しんでね!

 次は若者のパーティに出会う時。一時は若者に出会う事が凄く少なくなった。伝統校の山岳部もどんどん廃部となって行って、山は中高年者の領域になってしまった。時々、大学の十人程のパーティと擦れ違ったりした。おー、若者の大パーティだ、と感激したものだ。時代は移って”山ガール”が登場、それに惹かれてか若い男性も山に入り始めた。”山ガール”達は進歩を続け、服装も装備も落ち着いて冬山にも入って行った。そして今、山は中高年だけのものではなくなった。華やかです若者は。ジジババだけじゃ寂しい。若者達よ、山を謳歌し給え!

 次に登山人口が増えたので、道の整備が行われた事。丹沢は特に端緒だが、千丈岳も木曽駒も前穂高も西穂高も、マークも新しく鎖も新しく、整備が良いなあと思わされる。唯、あの白いマークはガスると白に白なので、識別困難になる。オレンジ色とかにならんもんだろうか。そしてヤバい稜線も整備された。既述だが大キレットのも鎖や梯子が付けられた。昔々は何にもなく、偉く怖かったですよ。

 ってな他愛もない話でした。