2018年12月14日金曜日

休題 その二百三十六



 山の帰りに、で始まった話だが、面倒くさいので山は中止にした。Kは「Mmが来たがってるよ」と言うが「一人で行かせりゃ良い」とあたしゃあ取り合わない。時間を切られて山歩きして温泉なんて、真っ平だもんねえ。
 さて、KとKbが現れたので庄屋に案内した。Kbのご注文は個室が有る事なので、案内して貰う。普通の畳の部屋であった。座椅子も用意するとの事で、膝が痛むなら座布団を重ねれば宜しかろうと、あっさりと決まった。気が変わらないうちにと予約してしまう。
 いやあ、簡単に済んで良かった。Kbから女性ならではの注文がどんどん付くかと思ったが、意外とKbもあっさりしたもんだ。
 当日は十一人が集まった。残念乍らSはドッグの前日なので不参加だった。あとの同期会で会った諸君は殆ど集まった。予備会が本番になった訳だ。
 飲み方題付きなのに皆さん余り飲まない。「もっと飲んでよ」と言うと「昼飯を食ったから」と異口同音に応える。十四時開始が拙かった訳だ。山を中止にした時点で時間を繰り上げるべきだったが、後の祭りである。
 飲み方題は二時間で終わりだが、十七時迄いさせて貰ったので、一次会は三時間でお開きだ。三時間なって、あって間だ。
 二次会は何処だと問われて、考えてないと応えたら「馬鹿!」とおしかりを受けた。手落ちですなあ。無精者の面目躍如、バタバタ探していると、もうみんなが変な店を見つけて入って行く。慌てて今予約した飲み屋を断って、あたしも後を追う。
 しょっちゅう前は通る店なのだが、何の店だかは分からなかった。見た処イタ飯屋の様だが違った。エスニック料理屋だった。まあ、何でも良いのだけどね。
前回はKに頼んでもクラス会を開いてくれないと非難されていたが、今回はKの尽力でクラス会開催、Kも面目を施した訳です。

2018年12月10日月曜日

休題 その二百三十五



 前に書いた同期会の二次会の時に、十二月にS、Kと山に行くが、その帰りに来れる九組の人間は集まろうじゃないかとの話になった。場所的には町田が良かろう、日にちは四日で、山帰りなのだから十四時、クラス会の打ち合わせ会の名目にしよう、と決まった。
 町田に住んで居るのはあたし一人だから、当然場所は見繕っておく、となった。コストパフォーマンスと言うが、あたし的にはパフォーマンスなんざ全く無視で、コストのみと言う、偉く貧乏な発想になっちまうのは致し方ない所なのです。
 十四時から飲めて、多分十人からが入れるとしたら、庄屋かな、と思って居るとKから電話があった。人数は十二人位だ、場所はホテルのレストラン某でどうかと言うので、某は不味いと地元では評判だからダメだと。
 本当はそう美味くはないが、不味くもない。値段が高いのを嫌ったのだ。Kは外にも名前を挙げたが、皆ダメだと言い張った。勿論高いからで、思えば情けないあたし。
 とは言え、やれ会長だ、社長だ、医者だ、一流企業を勤めあげて来ただと言う諸君とあたしじゃ、懐具合に雲泥の差がある。今回はこっちに合わせて貰おうじゃないかい。
 又Kから電話があった。Kb(たまに山にも参加する女性)と一緒に下見に来ると言う。え、そこまでやっか!
 分からんでもない。あたしに任せておくとどんな所に連れ込まれるか分かったもんじゃない、との心配があるのだろう。山の帰りだって、行きあたりばったりの汚い居酒屋に連れ込まれる事が多いのだから。
 Kbにはそんなの真っ平なのだろう。住まいは横浜だから町田は近いし。しかしKは千葉県の馬橋(松戸市)から二時間以上かけてやって来るのだ。呆れ返る程マメなやっちゃなあ。
 庄屋を見せて、ダメなら二の矢、三の矢と用意してその日を待ったですよ。(続)

2018年12月7日金曜日

休題 その二百三十四



 キム・ヨプール戦争、第四次中東戦争と言った方が分かり易いかも知れない。アラブ諸国(主力はエジプト)とイスラエルの戦争である。イスラエル独立戦争から数えて四度目の本格的戦争であった。
 1973年のこの戦争で初めてイスラエルは、完全な勝利を得られなかった。アラブ軍の奇襲が成功して初戦では、無敵と思われたイスラエル軍が敗退を続けた。やっと体勢を整えて反撃に転じた時に休戦になったのだ。イスラエルの感覚では敗北感の方が強い筈だ。
 その後エジプトのサダト大統領の和平の呼びかけを受け、イスラエルはサダトを招いた。イスラエル議会でサダトは歴史的演説を行い、エジプトとイスラエルの和平実現となる。そして長く続いた中東戦争は終わりを告げた。何の話かって? これから書きまんがな。
 ネットフリックス製作の「コードネームエンジェル」と言う作品がある。主人公はサダトの前任者の暗殺されたナセル大統領の娘婿だ。彼がモサドのスパイになるのだが、実は二重スパイだった。開戦の情報を流してはガセで終わる。狼少年の役割だね。
 地味な映画だ。実話だと言うので驚いた。そして、さもあらんと思った。イスラエルがモサドの何度もの警告にも係わらずに、見事奇襲を受けたには何か訳があると思っていたので。
 映画の評価を読むと、ブーイングが多い。あたしは全く評価が違う。立派な佳作だ。ネットフリックス作品の中では最高と言っても間違いない。尤もネットフリックス作品は質の低い物が多いのでね。それを勘定に入れなくとも上質な映画である。一般受けはちと難しいだろうけど。
 無名の俳優ばかりの碌に山もない映画だが、DVDにもなっているので、気が向いたら観て欲しいものです。
 但し、中東やイスラエルに興味がない人にはお奨めしません。寝ちゃうでしょうから。

2018年12月4日火曜日

閑話番外 その百八



 中央アルプス北部で新しい地下足袋を痛めた話はした。閑話二百六十八と九で高取山で降られた話をしたが、何だか右の踵が不安定な感じがずーっとしていたのだ。思えば丹沢主稜の時も何か違和感が有った。
 高取山の帰りの梵天荘で見ると、右靴下(親指付きの軍足)の外側が黒く濡れていた。破れてはいないと思っていたが、破れていた訳だ。雨の所為で明らかになったって事だ。
 と言う事は主稜で負担が掛かり、裂けたのだろう。ざっと5Cm程の裂け目が有る。何とか使えないかと考えたが、裂けた地下足袋は使えない。残念だが破棄と決めた。
 初めて塔に履いて行って、又塔に行って、一ノ沢のつもりが尾根登りになったあれに行って、中央アルプス北部を歩いて、丹沢主稜に行って、高取山に行ったのだから、六回しか使用しなかったのだ。
 山中で四泊はしているので、まあまあ使ったと言って言えない訳ではないが、一寸と消耗が早過ぎやしねえだかね。既述の如く中央アルプスの岩稜で擦り続けた為なんだけど、もっとバランスが良い年(詰まり若けりゃ)だったらこうはならなかっただろう。
 と嘆いていても始まらない。高価なゴア靴を擦って消耗させたよっかずっと増しだと考えるべきだろう。悲しいけど。
 一寸と大き目だったのも一因かも知れない。あたしは靴は何でも大きければ良いと言う、歪んだ思想を持っている。だもんで靴も地下足袋もバッタンバッタンする程大きいのが常なのだ、エッヘン!
 バカを自慢しても仕様が無いですな。次に買う時はワンサイズ落とすとしよう。それでも決して小さくはないのだから。
 風の様に走り抜けて行った地下足袋よ、有り難う、そしてさようなら。