2015年11月13日金曜日

柄でも無い事 その五十




 よく仕事で長崎へ行った。長崎、諫早、佐世保だ。仕事よりも何よりもチャンポンが楽しみだった。あとキビナゴ。
 長崎市内の有名店にも行った。具は立派だったがチャンポンだった。あたしは具が貧しくとも構わない。チャンポンが好きなのだ。高級チャンポンなんざ高いだけさ。
 従って其処らの普通の店に入る。うっかり大盛りを頼んだら本当に大盛りで死ぬ思いをしたとは前に書いた(と思う。何せ記憶が怪しくなってんで)。
 大盛りと言えば東京では倍半だが、彼の地では2倍になるのだ。丸々二杯分で有る。小食のあたしが悲鳴をあげるのは当然なのだ。
 年中長崎に居る訳ではないので、東京でもチャンポンを食べたいと思ってたまにチャンポンがメニューに有ると喜んで注文するが、多くの場合は飛んでも無い代物だった。
 タンメンの様なチャンポン、偽チャンポンが殆どだった。二十年前の話なんで今は違うかも知れない。高級そうな店ではそんなこたあ無いだろうが、そんな店には入らない(入れない)のだ、エッヘン(涙)。
 時は流れてリンガーハットが東京に進出して来た。郊外にしか無いが、あたしが町田に越したのでご近所になったのだ。
 此れはほぼ間違い無くチャンポンで有る。五百五十円で東京でチャンポンが食べられる。万歳! で有る。
 麺は普通、倍半、二倍と選べて同料金だ。一時低迷して居た様だが、食材を全て日本国内産にして、産地を表示してから人気が上がったと聞いた。
 月に何度かはお昼にチャンポン。車で十五分も走れば良いのだから、最高じゃんかさあ! 尤も昼休みの時間は超満員なので、一寸とずらして行く。
 あたしに取っての有り難いチェーン店なのです。

2015年11月9日月曜日

休題 その百五十六




 “赤ひげ”の続きです。
 加山雄三の成長話と二木てるみの厚生(?)話が二本の大きな柱だが、両方とも心情の変化を表すに衣装を使用して居る。
 加山雄三は長崎帰りのエリートだが、赤ひげの貧民救済療養所、小石川療養所へ送られて偉くプライドを傷つけられ、且つ横暴に感じられる赤ひげにも反発するのだ。
 まあ当然ですな。江戸に帰ればお目見え医と思っていたのだから。当然医師のユフォームのじんべも着ない。きっと見るのも嫌だったのだろう。気持ちは分かる。
 世の中は良くしたもので、其の高慢の鼻が折れる出来事が続出し、現実を思い知らされて赤ひげを認めるに至った加山雄三は、ある朝からお仕着せのじんべ姿で現れる。
 着る物で彼の気持ちの変化を鮮やかに描いた訳だ。自然で上手いですなあ。
 二木てるみは、赤ひげと加山雄三が廓の診察に行ったら客を取らないと言って杉村春子に折檻されていたのだ。
 十二才位の少女で有る。今なら逮捕だが江戸時代の事だ。その二木てるみが高熱なのだ。
赤ひげは邪魔する用心棒を叩きのめして連れて帰り、治療を加山雄三に任せる。すっかり心を閉ざした少女は頑なに薬すら拒む。加山雄三が本当に泣くまで二週間掛かったと言うのは、此の間の事だ。
 やがて少女にも加山雄三の気持ちが通じる。と、両家の御嬢さんの内藤洋子が訪ねて加山雄三と親しく語っている。嫉妬が芽生える訳ですなあ。
 二木てるみのボロボロの着物に気付いた内藤洋子は新しい着物を送って来る。それを二木てるみは引き裂いて捨てて仕舞う。仕方のない子だ。
 まあ、初めて心が解けて人への愛に目覚めたのだから、介抱した加山雄三に向かう訳なのだ。そしてそれが他人への愛へと広がると言う事だ。で、そうなって行くのだ。
 杉村春子が二木てるみを引き取りに来る。拒否すると「こんなボロな格好させやがて」と悪態をつく。
 すると二木てるみが贈られた服を出し「こんな良い着物を貰ったんだ」。何時手直しんだろう? 下らない疑問は置いておこう。
 これで彼女の心の変化が見事に描かれた。改めて思う。上手い。
 低く高く歌い上げるのはヒューマニズムだ。黒沢明の最高傑作と言っても良い作品でる。もし見ていない人が居たら必見です。

2015年11月6日金曜日

閑話番外 その八十五




 閑話百五十四で弘法の里湯の桶について書いた。確りした造りで、銅のタガで締め上げた本格的な物だ、
 前旅館だった頃の名残で、“一ノ湯”と書いて有るのがご愛嬌、と記したが間違いだた。一昨日高取山から下って行ったら“千の湯”だった。
 一ノ湯じゃあ箱根の温泉になっちまうだ。変だとは感じて居たのだが、惚けかけなので其の侭通しちゃった、へへへ。そう、千の湯ならばらしくて宜しい。お詫びして訂正しす。
 大和の湯の桶はプラスチック製で懐かしくも“ケロリン“と書いて有る。映画の”テマエ・ロマエ“ですなあ(笑)。

2015年11月3日火曜日

休題 その百五十五




 黒沢明の集大成と呼ぶべきは“赤ひげ”だろう。此れは黒沢自身もそう言って居るので間違い無いのだ。
 此の作品で今迄の常連俳優とも別れた。三船敏郎にとっても最後の黒沢作品となった。志村喬、千明実、左卜全、藤原釜足、東野英治郎、三井弘次、藤田進、等々も以降の作品には出て居ない。
 構想と準備に一半一寸と、撮影に一年半、都合三年近く掛けた大作で有る。文字通りの大作で、見る方もくたびれる程なのだ。
 複数のカメラで1シーン1カットを撮り、編集で仕上げる。黒沢お得意のカメラワークだ。八分三十三秒と言うシーンが最長だろう。
 此の技法は、演技を途切れる事無く演じ切れるのが特色だ。唯、俳優は演技力は勿論、完全に成り切る事を要求される。舞台と同じ事なのだ。
 此の作品に限らないが、生半可な演技ではOKは出さない。加山雄三が二木てるみに茶碗を払われて悔し泣きするシーンは、加山雄三が本当に泣ける迄二週間待った。役に成り切らねば進まない。おー、こわっ。
 主役の魅力は、黒沢作品でも群を抜いて居ると私には思われる。黒沢の理想像が結実したものと言う事だろう。三船敏郎が其れを見事に演じ切って居る。世界の黒沢と世界の船、ゴールデンコンビの満開ってとこだろう。
 前半は加山雄三の成長話、後半は二木てるみの厚生(?)話と見て良いかな。因みに二木てるみは此れで天才子役と呼ばれる事になったが、全く其の通りだと思える。
 では、続きます。