2024年5月28日火曜日

休題 その五百二十六


  今更だが、塩野七生(しおのななみ)の「ローマ人の物語」を読み始めた。全四十三冊だが、ポケットに入る厚さなので薄手である。未だポエニ戦争(ハンニバル戦争)の部分なので、ほんの始めの頃である。

 同時期に秦漢文明やペルシャ文明等もあったのに、ローマだけ特別視するのは西欧文明に重きを置く悪しき習慣だ、とは昔から聞いていた。でも、矢張りローマは別物だ。不完全乍ら民主制を採り、現代民主主義の元を造ったのは確かだ。その大本はギリシャ文明にあるのだが、後継して大きく纏めて行った。

 カンナエ(カンネ)でハンニバルに大敗した後が凄い。当時のローマは二人の執政官がトップであり、戦いには一人が二軍団を率いる。カンナエでは二人共執政官が出陣し四軍団で闘ったが、一人は戦死し一人はやっと逃げ延びた。その執政官は敗残兵と共に首都へ帰り着いたが、元老院議員をはじめとし全市民が城門で出迎え労をねぎらった。敗軍の将は死刑になるカルタゴとは、正反対である。

 記録では七万人もの戦死者を出したにも拘わらず、執政官への非難は一切なく、当然起こるであろう為政者への抗議も全く見られなかった、とある。

 ローマを如何にして守るか、に徹して対策を考え手を打った。失敗した人間を責めるより、現実をどうするかを重視したのだ。ローマの危機であったのだが、カルタゴにとってはチャンスである。処がカルタゴは無策で時間を空費した。ハンニバルは孤立した戦いを続け、策源地のスペインを脅かされるに至る。

 現代の国々より理性的にローマは行動している。戦いは決して放棄しない。相手の弱点を探し出し的確に突く。今の日本にはとてもできそうにもないですな。

 ローマの市民権を持った者は戦う義務があり、それは名誉である。自らは戦わず傭兵に頼ったカルタは、負けるべくして負けたと言うべきか。我が国はどうなんだろうか。

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