2025年5月23日金曜日

クソ面倒な話 その百十

 

 藤井聡氏の「日本を喰う中国」と言う本がある。岸田内閣の頃のものだ。あたしと見方が違う点もある(何を偉そうに、と思われるのは承知ですよ)が、的を得ている事も多い。

 シナが日本の観光地や水源地、タワマンなぞを買いまくっている現状を説明し、やっと原発や防衛施設周辺の売却を規制する法律ができたと。但し非常に不備で1Km範囲のみ、既に購入された土地には手が出せない。更に、NECと富士通と東芝の一部、赤井電機、パイオニア、レナウン等々の企業も買われてしまった。技術、ノウハウ共にである。

 何よりいけなかったのが「日中友好」だと著者は力説する。日本が散々迷惑をかけたシナを助けるのだと、虚構を元にした偽善的心情と断じている。それが最高に効果を発揮したのが「天安門事件」の時だ。日本では放送自粛された残虐な映像が欧米では放映され、シナ許すまじ!でG6纏まって、シナへの投資が急減した。日本だけが「日中友好」に染め上げられてシナ救出に力を注いだ。日本は実に”使えるバカ”であった。

 決定打になったのは天皇訪中である。外交上、英国王やローマ法王より上位のエンペラーが訪れてシナを公式に赦す結果になった。結果、世界からのシナへの投資が二十倍に跳ね上がって、シナ包囲網をぶち壊してシナの大躍進を達成させてしまった。千載一遇の機会を日本が駄目にして今日のシナを(冗談でなく)造った。

 贖罪の為の「日中友好」と言う偽善思想は思いがけない形に結実しましたなあ。GHQロシア、シナの工作が深く浸透してしまったのだ。天皇訪中は二度と歴史問題を提起しないとの約束の元に行われた。天皇訪中後に日中関係は悪化の一途を辿る。歴史問題も出放題である。反日教育も激しさを加える。噓つきのシナが悪いのか? 否、これが国際情勢のリアルであろう。馬鹿な思想に騙された阿保な日本が悪かったと言うべきであろう。

 長くなったので続きます。

2025年5月20日火曜日

閑話 その四百九十四

 


 先週の金曜に次女が空木岳にやっと登った。冬に二度敗退し、春の三度目の挑戦が成功したのは目出度い。上の写真は日の出だ。駒峰ヒュッテも姿を現して、雪は随分減っている。太陽は南アルプスから昇っている。ギザギザして見えるのが南アルプスの山々だ。

 水曜夜遅くに駒ヶ根のホテル泊、木曜に頂上近くの避難小屋泊、金曜に登頂して下山と言う計画通りだったのだ。そして東京は曇っていたのに空木岳は雲海、何時も乍らに天気に恵まれ、何と羨ましい事よ。

 登山前夜にホテル(ビジネスだろうけどね)泊とは凄い。あたしだったら間違いなく駒ヶ根駅前ロータリーに寝袋を広げて一泊である。遅く付けば駒ヶ根には誰もいっこないに決まってるので、何の遠慮もいらないのだ。ん、次女は一応女性だ。流石に女性一人でそれはできないか。良くぞ男に生まれけりですな。越後湯沢ロータリーで何泊したやら。ざっと数えて二十回以上、とても懐かしい場所になっちまったですよw


  この写真は木曽駒方面だろう。中央アは積雪が少ない山域だが、五月半ばともなると如何にも残雪の山である。

 中央ア主稜線は南北に一本の線を引いた様のものだ。支尾根はあるが支稜線はないに等しい。将棋頭から奥念丈岳が森林限界越の主稜線。北の横綱が木曽駒ヶ岳、南の横綱が空木岳だ。

 空木岳(うつきだけ)、まず名前にロマンがある。その上、山様は立派。しかも中央アの南の横綱。あ、失礼、一般には女王と呼ばれている。女王様はふんどし姿なんざでいませんですなあw

 何が言いたいかってえと、南北にしか中央アの山がない。写真を撮る範囲が極狭い。他には伊那盆地の向こうの南アか、御岳山しかないのだよお。残念無念です。でもまあ無事で良かった。今度会った時にゆっくり話を聞きましょう。

2025年5月17日土曜日

閑話 その四百九十三

 


 前にS、K達と権現山に登る途中でSがバランスが取れなくなって引き返した事があった。それ以来です、高校時代の同期生と山に行く話になった。Sはもう行けない。Kだって口は達者だが危ないもんだ。女性も㎾とOtが参加するが、どれだけ歩ける事やら。皆揃って喜寿です、同期生だからw

 結局白山にした。標高200m一寸との丘陵歩きに近い低山。でも植林が少なく山らしい山(?)だ。飯山温泉から入るが、温泉宿は老人施設に変わっていた。飯山温泉は滅びたのだろうか。時代は変わります。

 白山に着いたが、続く階段に皆さん参っていた。展望台からも春霞、今一つの眺めなのは残念。冬だったらバッチリなんだけどね。上の写真が展望台からの大山。

 それからがアップダウンで、こんなだったっけと言う感じ。弘法山コースと似た長さなのだが、下って登るその差が大きい。どーっと下ってどーっと登る。と言っても大したこたあないんだけど、皆さんは大変だった様だ。


 
 擦れ違う人達が「蛭が出ますよ」と言う。こりゃいかん、と蛭を見つけ様と気を付けたが、見当たらない。時々皆にズボンをめくってチェックをして貰っていたが、最後のチェックでKがまんまと喰われていた。矢張り蛭がいたのだ。トップにあたしが行って蛭が気付き、ラストのKが喰われたって塩梅です。

 バス停に着いた時皆さんは「丁度限界」と口々に仰る。うん、丁度良かったって事だ。これじゃあ大山は絶対に無理だ。仏果山も高取山も無理だろう。行ける山は弘法山位になっちまったぜ。或いは大山ケーブルで下社へ上がり、そこから蓑毛へ下る。いずれにせよ喜寿の諸君を連れて行くのは、山じゃない山しかない。これは自然の節理なのだろう。

 バスを降りる時は「もう足が痛い」と声があったが、食事して一杯やった後は足の痛さはなくなっていた様だ。女性がいたから飲むのもほどほど。S、Kと三人なら間違いなくベロベロになる迄飲んでいた事でしょうw