ラベル「上越国境稜線」で二十年以上掛けて上越国境を98%歩いた話を書いた。残った2%は景鶴山で、尾瀬に着けばOKと決めていたのでそれで宜しいのだ。
最大難関区間が大水上山から尾瀬で、山中四泊を掛けた。あたしが五十九才の時だから、同行のYは五十一才、今年が最後のチャンスだから行くぞ、と強行したのだ。そしてそれは正しかった。もう二つ三つ年を取っていたら、四泊では歩き通せなかっただろう。その時ですら最後の鳩待峠への僅かな登りで、Yは息も絶え絶えの有様だったのだから。
兎に角荷物は減らせ、不要な物は一切持つな、ランタンなんていらん、ローソクで充分だ。灰皿の瓶もいらん、携帯灰皿で良い。酒もウイスキーだ、チュー缶は一日一本だ! と、全力で荷を軽くしたですよ。
「上越国境稜線」ではあっさりと全体像を書いているが、長丁場なので結構色々面白い事もあった。大水上山からの灌木便りの下り(物凄く急で、トラバースをし乍らなの)でYはサングラスを枝に弾き飛ばされた。普通は好天の雪山でサングラスがなければ目をやられる。幸いな事にYは目が細い。更に目を細めて事なきを得た。エスキモーがスリットをサングラス代わりにするあれである。
山中二泊目は偽藤原山だった。頂上は狭く笹が出ている。後は緩い雪の斜面だ。斜面にテントを張ろうとするとYは笹の上が良いと言う。斜面は不安だったのだろう。結局笹の上のテント、ゆさゆさするあれである。生活し辛い事この上なしだ。鍋は常に手で持っていなければならない。動く時も声を掛け合って気を付ける。全くもう。。。。。
とか言い乍らも楽しい我が家である。天気には恵まれているし、風も大して吹かない。天気が崩れれば動けなくなる。少々の不自由が何さ、なんですよ。雪山に囲まれてのテント生活の日々、天国でしたなあ。

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