2020年1月18日土曜日

閑話 その三百九



 二つ前の閑話で高取山へ行った話を書いた。それが収め山行(?)だったのだが、今年の初山行(?)も高取山だった。外に行くとこないのかね?
 坐骨神経痛が治らないので又もや空身である。十日金曜日、ほぼ快晴、大山へ行く諸君も多い。バスを待っていると中年男性に「東海大学行きはどこですか」と訊かれた。バスじゃなくて電車で二つ先、と答えようとし、伊勢原なんだから病院だと思い至った。「東海大学病院ですか」と聞くとそうだと言う。
 あたしはバス停を知らない。困って振り返ると、後ろに並んでいた若い女性二人が揃って後ろを指している。彼女達が説明してくれて無事に済みました。
 10Kgがないと楽ちんである。最後の階段も多少ハーハーで済む。前回と同じく詰まらない写真を撮り乍ら行く。如何にも無駄なのだが、折角カメラを持って来たのでね。
 下りは少々飛ばして見る。10Kgがあると踏ん張りを利かすのに苦労するのだが、割と身軽に下れるのが嬉しぃ。念仏山への登りも、え、もう着いたの、って感じだ。何だが若返った気分である。
 富士山には丁度雲がかかっていて、あれがそうだろう、って処だ。スカッと姿を現しているのも良いけど、こういうのも好きだ。


 弘法稜線に入ると、老若男女様々な人が行き交う。八十才位の男性が二本ストックでゆっくりとやって来る。と思えば半袖の若者がタッタと来る。平日なので年配者が多いのは常の如しです。
 吾妻神社(?)に着くと同年代の男性が二礼二拍手で挨拶している。あたしも同じく挨拶をする。何時もそうしているのですぞ。
 後は下って里湯に向かうのみ。結局二時間五十分をかけて里湯に着いた。写真で三十分以上ロスしているだろうから、二時間半ってとこだろう。次は時間短縮に挑戦すっかな。
 とても平穏な初山行でした。いや、初リハですね。

2020年1月14日火曜日

休題 その二百七十八



 遥かに優れた技術を持つ文明があったとしたら、それはもう、技術と言う言葉はそぐわない状況です。この話は二十光年離れた文明と行き来する話なので、そこんとこお間違えなきように。え、お前じゃないって? はい。
 今の地球のテクノロジーでは、二十光年先の恒星系へ行くなんて夢物語。ネットで潜って見たが、加速可能なのは光速の四分の一がやっとの様だ。それじゃあ八十年掛かっちまうでねえかよお。
 加速を続ければ光速の90%以上にはなるだろう。でも、そんなに無限に近い燃料を積んだ宇宙船って、どんなにでかくなるのけえ? でかくなればなる程、加速に使うエネルギーが増えるんでねえけえ?
 お分かりの通り、パラドックスに陥り、光速の90%以上なんて無理なのだ。今の処は。いや、十年後も二十年後も、その後も。何故お前に分かるかって? 相対性理論が成立してから百年(!)。それを越える理論が出て来ない(除く量子力学)。
 あたしは相対性理論は誤りを相当含んでいると思っている。従って仮設の一つとしか思わないが、現在一番強力な仮説である。何せ百年間覆せなかったのだから。
 へへへ、これは古典物理の範疇でした。光速の99,9%を越えれば相対性理論の出番で、其れ以上の加速は不可能って事になる。それ以前の問題でした。(ペコリ)
 何を言ってるかってえと、ニュートン力学と相対性理論の範疇外の、全く次元の異なる理論(?)に立たないと二十光年さきには行けない。それはアームホールとかホワイトホールとかの飛んでも論があるが、出鱈目ばかりなので、触れないでおく。
 詰まり、テレポートが現実しなければ絶対に不可能なのだ。テレポートってどんな科学なんだろう。空想世界の話になっちまう。
 それを実現している文明が存在してない、とは言い切れないのです。

2020年1月10日金曜日

休題 その百七十七



 イギリス初の宇宙飛行士だったヘレン・シャーマン氏が「宇宙人は間違いなく存在する。地球の人類に紛れているかもしれない」と発言したとの記事が有った。前にも宇宙人についての私見は書いたが、今一度確認しておこう。え、余計なこったって? まあね。
 宇宙人が存在しないと考える事は不可能だ、とあたしは考える。広大と言うも愚かな広大な宇宙で、奇跡中の奇跡中の奇跡中の、をあと百回位繰り返して、唯一の知的生物としての人類が存在するのです、と続けたらそのバカさ加減が良く分かるでしょうが。
 宇宙人は間違いなく存在する。問題はその存在云々ではなく、コンタクトの事だ。遠すぎるのだ。
 どこかの宇宙人の文明が電波を発信していても、十万光年離れて居れば十万年経たなければその電波は地球に届かない。それも極微弱なものになっているので探知不可能と考えるのが正しい。地球をターゲットに強力な電波を送ったとしても、十万年前の情報である。その文明は今でもあるのかい?
 逆も言える。地球から強力な電波でメッセージを送り続けても、その返事を聞く迄人類は存在し続けてるのだろうか。
 十万光年なんて宇宙の規模から見れば直ぐ傍である。お隣の島宇宙のアンドロメダ星雲は二百五十万光年先にある。お隣でそれじゃあ、銀河系内でなければ話にならない。銀河系の直径は十万光年、厚さは一万五千光年だ。二千億から四千億の恒星があるので、文明の存在も期待できる。
 それでも遠い。二十光年の近く(本当に近いのだ!)でも、無限に遠いと言える。コンタクトに成功しても返事は四十年後になる。双方が巧く情報をキャッチして解読できたとしてもだ。ましてや行き来するなんて論外。尤も遥かに優れた技術を持つ文明があれば話は別だ。そしてそれがないとは言い切れない。(続)

2020年1月7日火曜日

閑話 その三百八



 去年、すなわち平成三十一年及び令和元年の山登りは、割と平穏だった。何せ高取山が十三回、月一以上ですなあ。そのうち一回は妻と次女と、二回はYと一緒である。
 何と弘法山から鶴巻温泉が一回ある。風邪をひいたとか天気が悪いとか、記録ノートには言い訳が書き連ねてある。
 渋沢丘陵の最高峰の頭高山、ったって303mなんだけど、これはS、K、Kw連れで、前の閑話に書いた。
 やけに低いとこは以上十五ヶ所。後は塔ピストン二回、次女と表尾根一回。S、Kと経ヶ岳、九月の仙丈岳と言ったとこで、後はYと一緒の山ばかりになる。うーん、平穏ではあるけど、中身は平穏でもないですなあ。
 新年山行は堀山幕営で花立迄ピストン。これは問題無し。次は三月の大室山のつもりが変な尾根に取り付いて、危ない思いの末稜線に出た所で幕営して下山。結構怖い思いをしたですよ。
 四月の谷川岳。小縦走だったがYが参ってしまって大苦労した奴だ。大苦労は良いが、滑落しかけてピッケルを左に持っていたので奇跡的に助かった、あれである。今思い出しても寒気が走る。間違ったら死んでます。
 五月に三月のリベンジの大室山。ツェルト泊まりの根性で行ったので成功。そして八月の源次郎沢。これもYは大苦労の末、天神尾根の下りで滑って、ゴロンゴロンと落っこちても、岩にも切り株にも当たらずに無事だった奴だ。どれかにぶつかっていたら、決して無事では済まない。その代わり、虫には散々喰われて頭が凸凹になったが、その位何さw
 高取山の二回を数に入れると、七回になる。そのうちテント(もしくはツェルト)が五回だ。泊まり山行の多くはYと行った訳だ。
 去年の山(もしくはハイク)は二十五回となる。月二回のペースだが低山が主なので、サボってた一年ってこってす。