2017年3月12日日曜日

休題 その百八十七




 必要物資の件だが、調達に出掛けては色々と苦難に合っている。暫くはそんな生活でも良いだろうが、やがて付近の物資は尽きるだろう。食糧にせよガソリンにせよ。
 シーズン6も終わり近くになってやっと、農園を営み家畜を育てるコニュミティが出て来た。但し其処には銃は有っても弾が尽きている。槍を造って武装している。
 おいおい、銃を持った他集団に襲われたらひとたまりも無いだろうがよ、今迄が極めてラッキーだったと言う設定なのかい?
 突っ込むのは止めよう。キリが無いだで。
 建物を利用し、店や家の残置物資を当てにして暮らして来た訳だが、余りにも造り出す努力が無かったかに思われる。尤も、そんな余裕なぞ無かったと言えば言えるのだが。
 少なくとも野菜位は育てなければ、壊血病になるのでは、といらぬ心配をして仕舞う。多少の努力はしていたが、如何にも片手間仕事なのだ。本来全力で取り組むべきでは?
 ゾンビと他集団の襲撃に対応するので精一杯なのだろうが、分業でやるべきだ。薬は困った。調達しか方法は無いだろう。尽きたら、薬草頼みにならざるを得ない。二百年昔に戻ると言う事だ。
 どのコミュニティも壁で囲まれていて、外敵の侵入を防いでいる。街を壁で囲むのは偉い労力を必要とする筈だ。平原が舞台なので致し方ない処だろうか。
 日本なら谷の奥の小さな盆地に拠点を造るだろう。先ず水が豊富だ。盆地の入口に逆茂木を植え荒っぽい石垣を造れば、ゾンビは登れないのだから安全だ。
 上流や左右の斜面は、山越えをしなければ辿り着けないので、此れ又安全かと思わる。万が一、殺人強盗集団が現れるかもしれないので、監視所は何か所も必要だろう。侵入された時の為に、防衛拠点も必要になるだろう。
 平原では無理ですなあ。続きます。

2017年3月8日水曜日

休題 その百八十六




 日本と決定的に違う点は、銃器の存在だ。拳銃からライフル、突撃銃に至る迄、何処にでも銃は有る。弾にはたまに困ってはいるが、一人に一丁どころか二丁は当たり前の世だ。
 銃社会アメリカならではの話だろう。銃のお蔭でゾンビには対処し易いが、銃口が人に向けられる事が多いのが悩みの種の様だ。徹底した対人不信感も、銃の存在が原因かだ。
 日本なら銃は殆ど手に入らない。手に入ったとしても、直ぐに弾が無くなるだろう。弾を備蓄してる人をご存じですか? 当然そんな人はいやしないので。
 ならばゾンビとどう戦う? 言う迄も無い話だ。今こそ竹槍で有る。B29には全く役立たずだが、ゾンビ相手なら強力な武器になる。何たって製作が容易だ。
 竹を適当に切って来て、先を尖らせ火で炙る。竹槍の一丁上がりである。対人間集団にも威力有る武器として使える。
 叩いて良し、突いて良し、江戸時代のヤクザが抗争の時は皆竹槍で武装したのは伊達では無い。刀を振り回すよりもずーっと威力が有るからなのだ。
 但し単独行動の時は余りお奨め出来ない。数人でチームを組んで死角を補い合う必要が有る。これも日本人にはそう苦手でも無いだろう。割とチームプレイは上手い民族だから。
 ドラマの中では一人の男がボーガンを使う。威力は有りそうだが、連射が効かない。おまけに矢は弾より手に入らない。その男は、ゾンビに射込んだ矢を回収して走り回ってる。ご苦労様である。
 弓矢はどうだろうか。竹と篠竹が有れば作れるだろうけど、ボーガン程の威力は見込めないし、多分習熟するのが困難だろう。動くゾンビの頭を射抜く腕になるのは、不可能に近いのではないだろうか。
矢張り竹槍を振り回すに限る。其れ程の訓練もいらないだろう。続きます。

2017年3月5日日曜日

休題 その百八十五




 テレビを見なくなって久しいとは何度か書いた。処がDVDでアメリカのTVドラマは結構見ている。ERとかCSIとかメンタリストとかで、結構ミーハーではある。意外と面白くて、つい借りて仕舞うのだ。
 次女はウオーキングデッドが絶対面白いから、と薦める。
私「歩く死、ゾンビものかい」
次女「凄く面白いよ」
私「元からしてがバカバカしいじゃないか」
次女「試に一度見る価値あるって」
 ヴィデオ屋へ行くと、ウオーキングデッドは出払っている。成程、今一番人気の様だ。暫く待つと借りれる様になった。何せ同じ物が四枚ずつ有るのだから。
 見始めると嵌っちまった。勿論突っ込みどころはド満載、其れを挙げていると際限が無いから止めよう。
 何が面白いかと言うと、メインは人間との戦いなのだ。ゾンビは其の状況を造る為の背景に過ぎないと思われる。ゾンビとの戦いも多いが、場面展開的とか、都合良くとか、状況説明的な場合が多い。
 アメリカ的な発想で行くとああなるのか、とつくずく思わされる。怖いのは、常にゾンビより人間なのだ。
 外の人間の集団には決して油断してはならない。突如襲われ全てを奪われる。必要物資のみならず命迄だ。
 日本だったらそんな危険団体は、きっと出来るに決まっているが、少数派に留まって淘汰され、消え去って行くかと思う。太古からの文化の違いだろう。尤も、アメリカには極く古い文化なぞ無いから、ああ言う事になるんだろうけどね。
 動乱の時代には各集落が協力し合って、生き伸びる道を歩んで来たのが日本人だ。無闇に戦う事は極力避けて来た。アメリカとの比較文化として見ると面白いかも。続きます。

2017年3月2日木曜日

閑話 その二百二十一




 下るにつれて雪が少なくなるのは良いのだが、段々岩っぽくなって来るので、雪が乗った岩道ってえ最低な条件になるのが辛い。
 登るには何の問題も無い。下るに問題が有る。ツルッと滑るのだ。増してや偽靴、造作なく滑ってくれるの。
 と、滑った。左前に体は振られる。左足で必死に支えたが、堪えきれなかった。スローモーションの様に前倒れとなる。右前のカメラが岩にガツンと当たって、あたしもズデンと転がった。カメラが、ガッシャーンでなくて本当に良かった。
 クソッ、やっちまったぜ。雪の上だから汚れないのが幸いだった。とは言え、見事に転ぶのは情けない事この上ない。へっへっへ、人が居ない所で良かったぜ。
 最後に急な石段を下って下社である。慎重に下ったですよ。そんなとこで転んだら、カメラの心配どこでは無い。
 12Kgのリュックを担いでケーブルカーに乗り込む。バスの時刻を見て置いたのが、下の駅に着いてから九分しか時間が無い。空身なら余裕なのだが、荷が有るだで。
 精一杯急ぐ。下りなのが救いである。左右の店を覗く余裕も無く、唯急ぐ。思えばバカだ。一本遅らせたって大勢に影響は有るまいにさあ。二十分待てば次のバスが有るのだから、何を焦ってるんだかね。
 兎も角予定通りのバスに乗り、途中でどんどん混み乍ら伊勢原へ。一つ駅を戻って鶴巻温泉下車、里湯で一風呂浴びたのだ。
 町田に着いたら雪。天気予報は正確だった訳だ。
 二転三転した大山だった。最初の快晴が見事過ぎた為のバカ騒ぎ。あの快晴の侭だったら、素晴らしい雪山になっていただろう。予報通りにちゃんと曇ってくれた。
 同じく騙された多くの人達も、ご苦労様でした!