2013年10月17日木曜日

閑話 その百十




 凄いもので、皆さん結構最新装備を持って居る。昔は珍しかった高度計なぞ、当たり前になった様だ。此処は何mだから、あと何mの登りだな、と言った会話を良く聞く。
 Kも持って居るが、余り精度が高くなく、何で馬鹿な物を持ってんのかな、と何時も思って居た。今のはもっと精度が上がったのだろうか。気圧の変化を測定するのだから、気圧自体の変化に影響されて仕舞うので、同じ事だろう。
 此れは、未だ当たり前にはなっては居ない様だが、カーナビの山バージョンが有る。あたしに取っては優れ物だ(持ってません)。視界の利かない積雪期の山や、訳の分からん尾根や谷を歩くには、極めて強力な味方になるだろう。
 併しあたしは、カーナビすら未搭載の奴だ。あんな物に頼ると勘が衰える、と偉く時代錯誤な事を言い張って居るのだ。其の癖立派に勘は衰えて、ウロウロしちまうんだから、何をか言わんやで有る。
 街なら良いが、山中のウロウロは一つ間違えると遭難騒ぎになるので、是非避けたい処だが、どっこいそうは問屋が卸さない。そんなおかしな機械になんぞに頼ってたまるけえ!
 駄目だ、話すだけ無駄ってもんだ。
 山でカップ麺を食べて居る人を、良く見掛ける。小屋では無く、ピークや休憩時の話だ。前ならバーナーで湯を沸かしてカップに注いだものだが、バーナーも無い。どうやったんだろう??
 何と、テルモスのお湯を注いで居るのだ。え、あたしのテルモスなんか、ぬっるーくなっちまうんだ、今のテルモスはそんなに保温力が有るんけえ?そーなんです。
 矢張り良い物は良いのですなあ。保温力が無いテルモスなんざ、テルモスじゃ無いって事なんで、ちゃんとした物を買えば良いだけの話なのだ。別に、ちゃんとしたテルモスなんか欲しくないもんねー。 好きにしろ、馬鹿親父ってこってす。
 結局あたしは、古びた装備が消耗する迄使こなして行く訳で、苔の生えた時代遅れとはそう言うものなのでしょう。

2013年10月14日月曜日

丹沢らしさって その三



 
 チッチッチ、何のかんのと言っても、何か有るもんだぜ。丹沢には展望が無いって? ふ、誰に聞いた? 何で読んだ?
 あのね、無駄な強がりは止しましょうね。展望が見事な所は勿論幾つも有るが、無い方が多いのは全くの事実なのだから。
 詰まり、展望も碌に無く、何処迄行っても山ばかり。これが丹沢らしさの一つだ(涙)。
 ……オズオズ。魔法使いでは無い。此れで三度目位の記述になるので(誰も覚えちゃいねえってよ!)、一寸と気後れして居るのだが、此れは絶対に外せない。
 野生の、カモシカ、猿、熊の三種混合ワクチンは、東北脊梁山脈、南北中央アルプス、白山、そして驚く事無かれ(散々聞いてるから驚かないよ!)、丹沢でしか受けられないのだ、はっはっはっは。相変わらず下らないギャグ、失礼すますた。
 此れは奇跡に近い。丹沢は大都市に近い。町田は横浜に近い。狸は貉に近い。豚は猪に近い、鳥は恐竜に近い、巣鴨は大塚に近い、丸井は駅に近い、生は死に近い!
 相手にしないでやって下さい。同じ事を何度も書く照れ隠しです。
 一時は丹沢の熊が絶滅した、と噂された。全く目撃されなくなったのだろう。何の何の、最近は目撃情報だらけ。熊は元気にお暮しのご様子だ。
 従って、野生動物に関しては、中級山地の癖に、アルプスと同格なのだ、エッヘン。私の威張る事では無いのだが、勝手に丹沢を代表して強調しましょう。大都会(東京・横浜)の傍(そば)の山地で、なのだ。
 其れだけ自然が残って居る訳だ。植林で傷つけられては居てもで有る。尤も流石に雷鳥は居ない。念の為。
 “丹沢”なのだから、辰砂色の沢となるが、丹は古語朝鮮語で美しいの意味だと言う記憶が、微かに有る。だとしたら本義は美しい沢、となる。
 (丹沢らしさって その四へ続く)

2013年10月11日金曜日

休題 その百二十二




 休題百二十一で、坂の上の雲に触れた。最初に読んだ司馬作品は、新撰組血風録だ。高校生だった。すっかり虜(とりこ、分かってるって?失礼!)になって、かたっぱから読む事となった。
 実はあたしの小説入門は、芥川龍之介だ。俗な奴と思われたら、其れで結構です。角川も新潮も、文庫は全部買った、重複はあたぼうだが、多少違う作品も有るのだ。未定稿集すら買い込んだ(高価だったんだけど)。Nが、芥川龍之介と言う字を見ると大塚を思い出す、と言う程だった。
 初めの頃は初期の作品が気に入って居た。まあ当然ですな。何せこっちは高校生、外連味(けれんみ)たっぷりりに幻惑された訳だ。
 前期と中期の間に、杜子春を書いて居る。此れは見事だ。原作は中国の古典だが、彼流(らしくなく道徳的なんだけど)にアレンジし、原作を遥かに凌駕する名作に仕立てた。同時期に、藪の中も発表した。
 其の後に、停滞期が来る。天才が突っ走り切れなかった苦しみだろう。凡才のあたしでさえ分かる愚作(言い過ぎですかね)が続く。
 中期であたしが好きなのは、トロッコと庭位なものだ。あとは俗に保吉ものと呼ばれた、詰まらんものばかり(又もや失礼)。
 庭は短編乍ら、彼の最高傑作の一つ(変な表現)だとあたしは思って居る。某評論家も同じ事を言って居たので、満更勘違いでもなさそうだ。
 停滞期を抜け後期(晩年とも言える、と言っても自殺したのが三十五歳だ)となると、俄然名作が並ぶ。大道寺信輔の半生、点鬼簿、玄鶴山房、河童、文芸的な、余りに文芸的な、歯車、或阿呆の一生、西方の人、こんなとこだろう。侏儒の言葉、も有ったか。
 あたしは、点鬼簿と歯車が好みだ(直訳の様な文章ですなあ)。点鬼簿の抑えの効いた寂しさと歯車の狂気に、否応無く引き込まれる。
 後期作には前期作より地味だが、苦悩と狂気と不思議な静けさが有る。あたしは、勿論 後期好みだ。
 享年三十五歳。あたしは六十五歳。何やってんだろうねえ。比べる相手を間違えた。芥川龍之介、駆け抜けて行った天才です。

2013年10月8日火曜日

丹沢らしさって その二






 繰り返しになるが、多くの人は丹沢と言うと、表丹沢、東丹沢、せいぜい中央丹沢を思い浮かべる事だろう。尚区分けに関しては、“丹沢の区分け”の章を参照して下さい。
 山中湖に近い山域は、丹沢とは思わない人も結構多い。勿論、立派に丹沢なのだ。確かに鉄砲木の頭に立つと、一面の草原で足元は山中湖、そして聳える富士山! 全く丹沢らしさを感じない。写真は、鉄砲木の頭の東の高指山からの展望。ね、丹沢らしくないでしょう。
 では、其の丹沢らしさとは何だろう? よくぞ聞いて下さった。其の章だったんです!
 ブナ林帯は花形だろう。標高1000mを超せば、大概の処でお目に掛かれる。清涼感に溢れて、これぞ丹沢!なのだ。前述の通り、ブナの出す成分フィトンチッドの為、下草が生えない。為に爽やかな樹林帯となる。
 勿論ブナ林帯は丹沢の特産物では無い。白神山地なぞは世界遺産に指定されて居る。其れから見れば、丹沢なんざ子供(孫?)の様なもんだ。子供でも孫でも良いのさ、ブナ林帯は現に丹沢に在るんだから。
 木繋がりで唐松に行こう。此れも其処らじゅうに在って、且つ、規模も桁外れなのは承知してますよーん。唐松がパラパラと彼方此方に在るのが、丹沢らしいのだ。え、無理してないかって? 其れ程はしてない!
 熊笹が有ったぜ、やったね。主脈の熊笹は多分、外と引けを取らないんじゃないかなあ。一面の熊笹の稜線。晴れて居ればキラキラ輝くんだ、此れがさ。曇ってれば?降ってれば?
 暗く沈んだ熊笹の嶺なのだよ。其れは其れでとても良いもんなんだなあ。分からない貴方、一度主脈縦走をしてみれば、分かりますよ。
 展望。う~ん。痛いとこ突いて来やがったな。丹沢は中級山岳なので森林限界は無い。全山域樹林帯なので展望も無い。
 (丹沢らしさって その三へ続く)