2019年7月14日日曜日

休題 その二百五十五



 シルバーで働き始めてもう七年になる。それ迄は彼方此方で仕事を探したが、六十四才では「おととい来やがれ」状態で何ともならず、チラシ配りなぞを細々とやっていた。
 近くのヤマト運輸の倉庫に“朝働ける人募集“のポスターがあったので行って見たが、六十才が定年です、とけんもほろろだった。
 登録すると携帯に仕事の情報が入るバイト斡旋会社にも登録したが、その時から日に百件近くの迷惑メールが入って来て、こりゃダメだと諦めた。
 それから六年(去年の事なので)で世の中は大きく変わった。シルバーのセンターから連絡が回り、ヤマト運輸の倉庫で働く人を急募だと言う。え、六十才定年はどうした。あたしが断られた営業所でも六名募集であった。
 詰まり、人手が足りなくなって年寄りでも何でも良い、となったのだろう。仕事が急に増えたからかな。その前に大和はアマゾンから撤退しているから、二億五千万個(!)の荷物が減っている筈だ。
 すると、従業員に逃げられたと考えるのが妥当だろう。何故逃げる。きつくて安いからだろうね。そして、比較してきつくないか高い仕事が外にあるから。
 そう言う事ですなあ。彼方此方で人手が必要になって来ているってこってす。だからシルバーに急募が入るのだ。
 スーパーからも求人が来ている様だ。結構な話である。年寄りはいらない、なぞと言ってられなくなって、どんどん採用する様になりつつあるのだ。
 今の七十才は大昔の五十才、昔の五十五才って感じかな。まだまだ元気に働ける人は多い。八十才を越えても元気に働いてる人も結構いるのだから。
 若者が減る分、シルバーが引き受け様じゃないですか。え、矢張りダメ?

2019年7月10日水曜日

閑話 その二百九十一


 写真は去年の花立で見かけた鹿です。
 大階段に掛かると後を来る気配がある。あのおじさんはバテてあたしに抜かれたのだから、再度追い付くのは不可能だ。誰だ?
 花立山荘前であたしがベンチに座ったら、三十歳位の逞しい女性が登って来て一つ大きく息をつき、その侭花立へ登って行った。次のバスでの速い登山者は、その彼女だったのだ。
 此処でパンを食べてエネルギー補給をしたのだが、雲が下がって雲海の様子を示している。霞んではいるが富士山も姿を現した。花立へ登ると、山々が姿を現しつつある。これは雲海になるぞ!
 山で雲海に出会うのは珍しくも何ともない。丹沢でもだ。処があたしは塔ノ嶽では一度も雲海に会った事がない。塔でもしょっちゅう雲海にはなっているだろうけど、あたしは出会ってない。考えれば珍しい事だ。七十回から九十回は塔に立っているってえのにね。
 頂上に着いて、カメラを何で持って来なかったバカバカ、と悔いたが後の祭り。其処はこの五十五年で初めてお目に掛かる、雲海の塔ノ嶽であった。
 不動ノ峰、棚沢ノ頭、蛭ヶ岳の三点セットは悠然と雲の上である。檜洞丸は石棚山への稜線が雲の上だ。手前には同角ノ頭が、右後ろには熊笹ノ峰が頭を出している。その後ろには大室山が、左手には畦ヶ丸が姿を見せている。富士山は霞に隠れてしまった。
 東を見ると大山がほんのちょっぴり、山頂だけを尖った三角形で雲から出している。それが随分下に見える。250m近い標高差はこれ程なのかと驚く。
 と、拙くも描写してもあの景観は表現し切れませんなあ。カメラで撮ったとしても、矢張り表現できないでしょう。これは現場で見なければ分からんのです。
 下りはせっせと下って、結局四時間四十七分で大倉に到着。十一時五十三分のバスに乗って里湯へ行けたのでした。

2019年7月6日土曜日

閑話 その二百九十



 毎日雨ばかり。梅雨だから仕方ないんだけどね。昨日の五日、曇りで夕方から雨だと予報が出た。その翌日からは又雨だ。よし、この日に馬鹿尾根ピストン、塔に行こう。
 朝見ると雨は上がったばかり。塔はガスか雨降りだろうとカメラを持たずに発った。これが大間違いなのは後で思い知るのだ。
 従って写真は関係ない時の塔の写真です。
 梅雨の合間の曇り日、一番バスも空いている。登山者はあたしを含めて九人。天気が良い日は立ち客もいるってえのにね。で、大倉で降りたら小雨が降っていた。これだもんね、バスが空くのも無理からぬ。
 歩き始めは七時ジャスト。前に単独行者が二人、段々距離を離される。もう追い付く事はあるまい。後方から追い上げて来る気配はない。今日は相当上迄あたしは一人で登ると言う事だ。追い付いて来るのは次のバスの速い奴だろうから。
 前回の高取山で懲りたので、意識してゆっくり登る。自信を失うもので、塔に登れるかあ、と不安すら感じる。とか言っちゃって、そんな事を数え切れず繰り返して来たんで、懲りたなんて言える義理ではないのだ。
 見晴らし茶屋あたりで雨は上がった。ずーっと降られるかなと覚悟していたので、嬉しい。堀山を越え、小草平で休憩するが誰もいないし誰にも会わない。予想通りである。
 急がないのでスムーズに進む。矢張り急ぐのは愚策です。吉沢平にもすんなり着き、多少ガラガラした登りを終えると、大階段の取り付きだ。その直前に先行した二人のうちの一人、白いシャツのおじさんが息をついている。此処まで来てバテたのだろう。
私「雨が上がって良かったですね」
おじさん「良かった、良かった」
私「良かったあ」
 おじさん同士の話は分かり易くて良い。単純とも言える。おじさんと言ってもあたしより五つは若いだろう。(続)

2019年7月3日水曜日

休題 その二百五十四



 一応山の話だが、次女の事なので休題にしました。
 次女が山に嵌ってしまって、表尾根や馬鹿尾根をせっせと登り始めた。装備も一通り揃えた様だ。
 仕事はOT(作業療法士)なので病院勤務だ。仲間のOTやPT(理学療法士)にも山好きがいて、PTの男性をリーダーに、女性二人が加わって三人で鍋割山に行く事になったそうだ。突如リーダーがもう一人の女性をメンバーに加えた。その女性は山は初めてで次女は、え、と思ったらしいが、まあ大丈夫だろう、若いし。
 集合は渋沢駅に七時。早立ちが鉄則ですなあ。当日集まるとするとその女性から電話「何処の改札口でしょう」。渋沢に改札口は一つしかない、どこの話だ? 渋谷にいたそうだ。沢と谷だから似てはいるが、全く違う。渋谷に山は無い!
 結局渋沢で一時間半待ったそうだ。早立ちは幻の様に消え去った。従って大倉は九時だっただろう。
 処が塔迄は結構順調に登れた。じゃあ鍋割に回って行こう、その予定だったし、となったのは責められないが、初心者は登れるが下れないと言うセオリーを理解していなかったと言う事ですなあ。
 そして下りに手間取り苦しんだ訳だ。下りでは普段使わない筋肉に負担がかかる。依って太腿の内側とか足の甲と言った変な処がつるのだ。その彼女も彼方此方痛んだらしい。
 メンバー四人はPTとOTである。素早くテーピング、冷却材迄吹きかけて何とか歩き通せたとの事。専門家のパーティの強みだ。
 大倉に戻れたのは十八時、九時間の行動時間だった訳だ。塔から真っ直ぐ下るべきだったなあ。でも無事に下り切ったのは、流石プロと若さと言うべきだろう。その彼女は泣き言も言わず一生懸命歩いていたが、帰ってから「死ぬかと思った」と。はっはっは、気の毒でした。(不謹慎?)