2018年8月15日水曜日

休題 その二百二十三



 異常な暑さが日本列島を襲っている。観測史上最高温度を書き換えている。東南アジアの国々より暑いんじゃなかろうか。
 八月の初旬に仕事帰りにシルバーセンターへ寄って図書館で働く仲間の勤務実績を提出し(あたしが当番だったので)、箱根蕎麦を昼飯にして帰宅、汗ビショになった。その日も例に依って風呂にたっぷり浸かり、又もや汗ビショになった。
暫くPCを覗いて立ち上がったら右足の甲に激痛が走り、歩行困難になった。触っても痛まない。体重を掛けると激痛なのだ。
 足を真っ直ぐ置かず、河野右側面を下という変な格好だったので、甲のアーチを崩して痛むのか、と判断した。
 夜中にトイレに行くのもあらゆる物につかまって、やっとの思いである。朝起きても歩ける状態ではない。
 妻は「痛風じゃないの」と言うが、確かに尿酸値は高いが発作が起きた事はない。痛風なら親指の付け根から始まるのだし、触れたら飛び上がる程痛いのだから、症状から見て痛風ではないと言い切った。
 そのうちにやっとびっこを引いて歩ける様になったので、自転車で整形外科へ行く事にした。自転車をこぐには支障がない。乗り降りがひどく痛むの。
 レントゲンを撮ったら骨に異常はない。医師は「痛風の発作ですね」とのたもう。え、痛風けえ!
 炎症を抑える薬と湿布を出された。うーん、あたしは痛風は出ないと決めていたのに。尤も自分で決めるものじゃないんだけどね。
 ネットで調べると、親指の付け根から発生するのが70%、残りはは甲から発生する、とあった。30%の方だった訳だ。
 汗で血液がドロドロになって結晶ができたのだ。トホホ、痛風の仲間入りだよお。変な自信が通用しなくなりましたなあ(涙)。

2018年8月11日土曜日

休題 その二百二十二



 配りものったって、あたしんとこの中町は偉く恵まれている。中町は台地上なので坂が無い。少しは有るけど無いに等しい。
 南、西に行けば境川へ下る。小さな川なんだけど、町田と相模原の県境となる。この坂は未だ良い。自転車で登れる程度だ。尤も結構頑張る必要は有るんだけどね。
 東へ高ヶ坂(こがさか)に下る坂と、東北へ南大谷へ下る坂はひどい。自転車で登るのは不可能だ。殆どの家は階段を登らないとポストに行けない。坂に家が並ぶので、何時でも上り下りしなくちゃならない。此処の地区班の人はさぞ苦労だろう。
 南西と北のみが平らに続いている。尾根筋と言う訳ですなあ。そこに町田街道が通っているのだ。混むのでどう仕様も無いのだけど。
 あともっと田舎に行くと農家が多くなって家と家が遠くなる。どんどん配るなんて絶対に無理だ。坂も有るし。中町と比べれば効率は五分の一に落ちる事だろう。下手すっともっとかも知れない。
 中町である事は感謝なのだ。で、せっせと配りものをこなしていたら、地区班長になってくれと言われた。え、飛んでも無い、絶対嫌だ!と思ったものの、今の班長は八十二歳で足も痛めている。外に若い人間もいないらしい。あたしゃ七十だが、それでも若手なんだって、幾らシルバーでも皆歳が行き過ぎてるんじゃねえのかい(涙)。
 その班長が副班長になって補佐してくれると言う。普通はあたしが副班長から始めるもんでしょうが。でもどうしても班長を頼みたいとの事なのだ。無下に断る事もできなくなって引き受けちまった気弱なあたし。
 簡単ですからって、例に依って嘘。慣れる迄だろうけど無闇と面倒が多いし分からん事ばかり。電話が色々来るので、電話口にはシルバー用のメモ紙を置いてある。さてどうなりますやら。

2018年8月7日火曜日

休題 その二百二十一



 六十四歳で水道局の下請け会社を辞めた。原チャリで走り回る仕事だったので、事故を起こす前に辞めたのだ。
 それから仕事を探し回ったが、当時は歳を伝えると皆断られた。今は七十を過ぎていても求人が有るそうだが、余程人手不足になったと言う事だろう。これだけでもアベノミクスは成功したと思われる。
 仕方なくシルバー人材センターに加盟して、幾つかの仕事を歴任し、現在は図書館の裏口受付業務に着いている。月に十日程で良いので、収入は少ないが気に入った仕事だ。
 その合間にスポットの仕事が入る。町田市から請けるのだが、共済保険のパンフレット配布とか、ゴミ袋配布の仕事だ。
 パンフレットは原則前所帯配布なのだが、一戸建てと集合住宅では一部当たりの報酬が異なる為、地図に数字を書き込まなければならない。マンションや戸建てで投函物お断りと表示してある所には投函してはいけないので、その番地と名前と枚数を別用紙に記入しなければならない。意外と面倒なのだ。
  部数は百二十部程なので、周り順を決めて半日で終わらせる。勿論途中でパンフは無くなるので、家に何度も取りに戻るのだ。時給で見ると五百円だろう。「時給五百円の仕事に行って来るよ」と出掛けるのだ。妻は「そんな大変な仕事、断りなさいよ」と言うが、地区班長が苦労しているのでそうはいかない。
 ゴミ袋は重い。一件1Kgなので七件分を持つのがやっとだ。こちらは飛び飛びなので自転車で行く。籠に入れるのだが重いのでたまに自転車が倒れてしまう。
 五十五件程の割り当てだが、不在者が多くて思う様にははかどらない。一回配って、半分も済めば上等だ。三回は訪問する決まりだ。
 妻は「そんな大変なの止めなさいよ」と言う。割り振りする地区班長の苦労を思えば、断われっこない。付き合いは大事です。(続)

2018年8月4日土曜日

閑話番外 その百四



 閑話で新しい地下足袋で塔へ登った話をした。前に地下足袋は鳶職用の底が薄い物だったので、消耗しつくして底には穴が開いたのだ。充分役は果たしてくれました。
 鳶職用のは石を踏んで泣く思いがつきものだった。高取山でも最低一回はあった。塔ともなると四、五回はイッテーー!となった。そうなると思う様に下れなくなる。慎重に足を置く場所を見極めるのだ。でもですよ、ず――っと気を張ってはいられない。で、突然イッテーー!となるのだ(涙)。
 痛くて泣くのは嫌なので、底の厚い地下足袋を探した。丸五の祭り足袋がそれだと分かった。万歳!
 ワークショップには置いてない。いってえ何処なら売ってるんでえ?
 結局ネットで探して購入したのだ。普通はカード決済らしいが、あたしはカードは信用しない原始人なので、コンビニ後払いにした。余分な経費が掛かるが、仕方ない。そして三十日に物が届いて翌一日に塔へ出掛けた訳だ。
 祭り足袋は底のゴムが昔の運動靴並みに厚い。しかも確りとギザギザが入っている。依って滑りにくい。爪先と踵に少々だがゴムが掛かっている。従って岩角にぶつけても痛くないのだ。
 底のゴムは足底の形に合わせて波打っている。足場の上で足底の感覚を大切にする鳶職と、重い神輿を担いで歩く祭り用との用途の違いだろう。
 閑話に書いた通り、一度も痛い思いはしないで済んだ。その上たしかに滑りにくいし、とても嬉しい。これなら夏のアルプスでも充分行ける水準だ。
 とか言い乍ら、あたしゃあ地下足袋でアルプスへは行かない。地下足袋ででかいキスリングを背負って風の様に通り過ぎて行く、伝説の単独行者、加藤文太を侮辱する様な気がするじゃないですか。