2016年9月12日月曜日

閑話 その二百三




 手術後は高取山ばから行って居る。すっかりお馴染みのリハコースになった。外に行ったのは弘法山コース、白山、堀山、大室山中腹ってとこだろう。
 そんな生活を続けて、二度目の秋を迎えようとして居る。とは言っても、里ではまだまだ秋の気配も有りゃあしないけどね。
 残念乍ら高取山の高度では、秋は未だ遠い。南北中央アルプスでは、もう朝は氷が張って居る事だろう。余りに早くないかって?早くなんてなく、そうなのだ。
 随分昔、何処だったけなあ、北アルプスの何処かでテントを張って居て、朝凍っていて驚いた記憶が有る。惚けて言うんじゃない。場所が思い出せないのは拙いけどね。
 高山は九月になると、一気に秋になだれ込む。十一月になれば冬なのだ。其の点丹沢はノンビリして居る。其の中でも高松山は特にで有る。主脈あたりでは、秋の気配を感じる時期になった事だろう。
 写真は茸だ。見れば分かるので余計な説明でしたなあ。八月のもので、小さく可愛い奴で有る。茸は秋とは限らないのだ。
 七月に妻は弘法山から、あたしは高取山から入って、吾妻山で落ち合った。其の時は野球のボール大の茸が幾つも有った。誰も採らないと言う事は、毒が有るか食べても物凄く不味いかのどっちかだろう。
 高取山で秋を感じるには、十月を待たなければならないだろう。里と大して変りが無いって事だ。ま、里山に毛が生えた様なものなんだから、至極当然では有る。
 十月になったら、愈々塔に挑戦しようと一人で力んで居る。やれば出来るだろう、きっと。一抹の不安は有るのだけど。
 多分ガックリ疲れて、帰ったらクタクタになるのは目に見えて居る。去年、高取山に登り始めた時もそうだった。愕然とする程の疲労が有ったのだ。何、それでこそリハさ。
 さて、どうなりますやら。

2016年9月9日金曜日

休題 その百七十四




 箱根大涌谷の小噴火の為に運休していたロープウエイが、七月に一年二ヶ月振りに再開した。一部運行は行われてはいたが。バス振替では魅力は半減するだろう。
 前にも書いた通り、世界一利用者の多いロープウエイなので、経済的打撃は凄いものだっただろう。
 これはロープウエイに限らず、箱根町全体に及んだ危機だったと思う。現に観光客が急減したと報じられた。大涌谷から離れた仙石原や強羅の客足が遠のいた。
 箱根は観光の町だ。観光客が来なければ死活問題であろう。去年七月、妻と仙石原の温泉に行った。貧乏旅行の我々が行ったからって何の役にも立たないだろうが、枯れ木も山の賑わいって感じだ。
 何時もは人で溢れている箱根湯本駅前も、閑散として居た。思った以上の観光客激減振りで有る。
 ホテルも閑散、これで何時迄やって行けるのかと、他人事乍ら気になった。それからも三回箱根へ行った。熱海にも2回程行ったのだが、訳有りなんで。全部箱根にするのが正しかったですなあ。
 三回目は今月頭だから、ロープウエイは再開済で有る。箱根湯本駅前は、前の様に人で溢れて居た。とても目出度い。
 ホテルもほぼ一杯、こんなにも違うものかと、改めて驚いた次第。何時もバスを使ったが、バスの混雑は解消された。登山鉄道、ケーブルカー、ロープウエイのコースに戻ったからだろう。
 前はバスは超満員だった。そして各停留所で乗り降りが有る。従って時間はたっぷり掛かった。今回は極めてスムーズで有った。
 此の一年強の傷は大きいだろうが、此れから徐々に回復して行けるのではと思う。
 本当に天災とは、生活の根っ子から破壊してしまうのだが、箱根は火山のお蔭で温泉に恵まれて居る訳で、破壊者すなわち守護者と言う、複雑な関係を持つ。
 此れは何処の温泉でもそうなんですなあ。

2016年9月5日月曜日

閑話 その二百二




 朝になったら晴れである。限られた視界だが、蛭ヶ岳も見える。蛭から大室山が見えるのだから当たり前か。写真は犬越路である。
 撤収して下りに掛かるが、夜中の雨をたっぷり含んだ土は滑り易い事此の上無い。大体からして稜線から神ノ川ヒュッテへの分岐迄は、踏み跡程度の路なのだ。分岐から先へ下って行く道は確りして居る。
 詰まり、鐘撞山方面から登って来て、ヒュッテへ下って仕舞うのが本道なのだ。変な話だが、其のコースがトレイルランのコースだからだろう。
 登りの労力は下りの其れに千倍する、って言葉が有るが、正しいと思う。え、もう此処迄下ったの、って感じで下れるのだから。
 Yの足運びは徐々にぢごちなくなって行くが、幸いな事に膝は笑わないと言う。きっと梅酢の成果であろう。二年前は、そりゃあ悲惨だったのだからね。
 Yは二本ストックで下る名人と言っても差支えなかろう。四期のライオンキングのキリンの様に、器用にストックを使う。下りにストックは邪魔だと言う人も居るが、間違だ。足元の悪い下りこそ、ストックが物を言う。
 植林帯に入ってからが長いのが此のルートの売り(?)だ。あー、と悲しげな声と共にダダッと物音。お、此れはYが転んだな。
 転んでも特に危険は無い所だ。ただ、Yの右半身は泥塗れになっちまった。なにせ、たっぷり濡れた土なんでね。他愛も無い事故(?)で済んで何よりであろう。
 そう暑くは無いのにつって、変な所で幕営になったが、湿度の所為だと思われる。町田に帰る途中に、大室山は夏場は避けよう、と意見の一致を見た。
 次は秋か冬、蒸さない季節にリベンジって事で、お粗末な話を終えましょう。

2016年9月2日金曜日

閑話 その二百一




 前回の閑話の写真を見直すと、成程、結構な斜面に張ったもんですなあ。もっと平らに思えたんだけど、こりゃあひどいわ(笑)。
 今回の写真は翌朝の檜洞丸。
 夜中の宴会と書いたが、何、寝るのが早いので、二十時から二十三時半位なもんだ。里なら普通の宴会ってこったね。
 斜面のテントでの宴会、それもたまにジャーッ!と水が網戸に掛かる。ペンチレーターに溜まった雨水が零れ落ちるのだ。此れは幾らペンチレーターを外に出しても無駄で、定期的に繰り返した。夏だから良いやい。
 酒はたっぷりだ。バーボン、日本酒、缶チューハイ、焼酎と勢揃い。
私「こんな豪華なテント生活してる奴、居るかなあ」
Y「居ないって、皆さん慎ましいよ」
 そうなのだ。オートキャンプは別にして、我々の贅沢は立派なもんなのだ。水と酒とおつまみをこんなに運び上げる馬鹿は滅多に居ない。結果、足がつって中腹で幕営とは、本末転倒も甚だしいと言える。
 でも、其れで良いのだ。必死こいて大室山のピークを踏まなければならない義理は無い。もっと正直に書くと、宴会が目的になった、と言っても間違いでは無い。そして、其の方針も決して間違っては居ないのだ。
 上越国境縦走の頃から十余年を経た。体力は急激に落ちている。山の登り方も変わるべきなのだ。「嗚呼、中高年よ」で述べたので、繰り返しはしない。
 で、再度「おやすみなさい」となる。Yはあっと言う間に鼾をかき始める。私は寝つけない。何十年も繰り返して来たパターンだ。
 それにどんどん落ちる。下にだけでなく、Yの方向にも落ちる。詰まり、Yは落ち切って安定して居るのだ。羨ましい奴!
 そのうちに何と無くウトウトを繰り返すと、朝の気配となる。雨音は止んだ。ラキー!
 続きます。