2018年11月18日日曜日

山の報告です その八十



 メッチャお馴染みのバカ尾根下りである。流石に登って来る人はいない。塔に泊まった諸君は彼方此方へ向かって行動中だろう。
 暫く下ると登って来る人がいた。一番のバスにしては早過ぎる。車で来たんだろうね。それからはポツポツと人と擦れ違う。こんな早く登って来る諸君はバテてなんかいない。流石だ、と思わされる。
 花立小屋の前には数人休んでいる。何時もの風景だ。男性が一人大階段を登り、其の侭水を飲み乍ら休まず登って行く。これは凄い。大階段を登ってその侭行く人は滅多にいるもんじゃない。休んで当然なのだ。
 ここいらから人は増えるが、バテている人も増える。例に依って大階段の途中で若者が休んでいる。そう、急ぐ事はない、自分のペースで登るしかないのだから。
 駒止を越えて階段を下って居ると英語が聞こえる。小柄な女性が来るので道を譲ると「主人がいますので」と振り返った。少々下で大柄な白人男性が「休む方が楽です」と笑い乍ら手を振っている。あたしも思わず笑って「頑張って下さい」と言いつつ擦れ違った。
 一本松下の楓は未だ色付いてはいない。殺風景なバカ尾根に(多分)少しでも見せ場を造ろうと、神奈川県がせっせと楓を植えたのだ。それが大きく育ったってこってす。
 大倉に着いたのが十一時十五分。地図上では五時間のルートだから三十分余分に掛かっている。五分オーバーなら悔しくもあるが、三十分となるとさっぱりしたもので、おらあ遅かったんだなあ、と素直になっちまったですよ。下り気味のルートなのにね。
 鶴巻温泉で途中下車し、里湯に入って帰る。
 それから三日間、筋肉痛で参った。たかが主稜で、と言える歳ではないって事で、主稜をやるってえのが大仕事になったですなあ。
 久方振りの檜洞丸からの蛭ヶ岳、それなりに大変ではあったが素晴らしくもありました。(この章終わり)

2018年11月15日木曜日

山の報告です その七十九



 女性がバーナーに点火しようとするが、発火装置のちゅしが悪くカチカチ言うばかりで点火しない。「じゃあこうしましょう」と言ってライターで火を点けて上げた。ライターは必携品なのですぞ。
 立派に明るくなった。濃霧は変わらないんだけどね。自炊室の男性と女性に挨拶して出発したのは、五時四十五分であった。
 鬼ヶ岩に立ったが見えるのは霧のみ。まあ、ゆっくりと行きましょう。丹沢で一番高度のある稜線を歩くのだが、霧の中を歩くだけってえのも一寸と寂しくはあるけれど、少々霧が薄らいで来たのが救いだ。霧に霞む木々もなかなか良いものだ。
 三人の女性パーティと擦れ違う。丹沢山泊まりだろう。あと三パーティと擦れ違う。丹沢で一番旨い飯を食べて来た諸君だ。その丹沢山へ登り返すのが前半のハイライト。誰もいない丹沢山は通り越して龍ヶ馬場で休む。
 ちらっと塔への稜線が見えた。滝雲が玄倉川へ落ちている。慌ててシャッターを切ったが、例に依ってピントが合っていない。目を直すかレンズを替えるしかない。
 日高で二人の空身の女性に出会った。「塔に泊まって丹沢山ピストンですね」と聞くとそうだと答える。何処から来たと問われたので、蛭ヶ岳泊まりと答えると、丹沢も奥深いですねえと感心していた。本当は、もっともっと奥深いんですぞ。何せ富士山迄続くんだから。
 塔の登りに掛かった。ゆっくりと登る。今日最後の登りらしい登りである。そう思えば楽しくもある。とか言っても実際は楽しくなんかない、ハーハー言うだけ。
 塔にはおじさんが一人休んでいるのみ。あたしの方が立派におじさんかな。景色は、無い。唯、山肌の色付き位は見える程に霧は薄くなっている。
 党の景色は充分以上に知っているので全く構わない。あとは下るのみだ。(続)

2018年11月10日土曜日

山の報告です その七十八



 その男性が言うには「丹沢で一番食事が悪いのが蛭の小屋、一番良いのが丹沢山」との事。レトルトばかりだからかと聞くと「佃煮しかないんだ、佃煮のバイキング」。飲みかけていたハイボールを吹いちまった。
 食事室を覗いたら、六人が食事中だったが、机に小鉢が並んでいて佃煮が入っている。確かに佃煮のバイキングだ、はっはっは。
 「こっちの方がよっぽど美味いや」と男性はカップ麺を食べだした。女性もカップ麺を造り始めた。ではあたしもと、定番のおかゆを出そうとしたら無い。ヤベー、忘れて来たんだ。まあ良いのさ、ナッツや揚げたイカでも食べれば上等さ。
 定番のおかゆってえのは、前にも書いたかも知れないが、夕食はおかゆなのだ。スーパーで売ってる温めて食べる普通の奴。あと梅干しと味噌汁にチーズも一つ食べる。そんなんで歩けるのかって? だからとても大変な思いなの(涙)。
 ポリポリと訳の分かんない物を食べてウイスキーを飲むと、もう寝るだけだ。男性が酒でも飲むなら別だが、一人でガブガブやるのも馬鹿らしい。お先に、と寝て仕舞った。
 当然早く目覚める。ライトを頼りに自炊室へ行き、モーニングコーヒーを沸かして表で一服点け乍ら飲む。濃霧である。ほんの僅かに霧雨っぽい。こりゃあ日の出どころじゃない。昨日がこうでなかっただけ増しと思おう。
 ローソクを点けて朝飯の仕度をしてると小屋番が起きて来た。電気を点けろと言ってストーブも点火してくれた。一気に明るく暖かくなったのは目出度い。
 カップ麺を食べていると、昨夜の男性と女性も起きて来た。濃霧にがっかりしている。皆さんも日の出が楽しみだったのだろう。山はお天気商売なので仕方ないさ。
 明るくならなければ出発できない。お茶を沸かして又一服点ける。えらく余裕のある朝だった。たまには良いでしょう。(続)

2018年11月7日水曜日

山の報告です その七十七



 写真は蛭に取り付いたあたりのもの。蛭は勿論冬枯れです。
 さて、話はとっとと自炊室に行ってしまった。初日の経過時間に触れておこう。バスを降りてから六時間二十五分で蛭に着いた。地図上で六時間二十分だから五分オーバーだった訳だ。
 但し、地図時間には休憩は含まれていない。山小屋一泊の装備が標準なのだが、あたしは自炊なので地図の想定より荷は多い事になる。
とか言い募るのは五分オーバーが悔しかったんですなあ。枝の杖にすがって必死こいてた癖に、小屋に着いたとたんにこの元気w
 話を自炊室に戻すと、男性は「私は山だけ、山を取ったら何も残らない」と言うだけあって、月に三回は主郎縦走かそれに類した山登りをしているそうだ。前回は畦ヶ丸から入って大室山と檜洞丸を越え、臼ヶ岳でビバークしたと言う。偉いアルバイトだ。七十三歳とはとても思えない。
 流石にシェラフは持参しているが、NASA開発の保温シートをツェルト代わりしているそうだ。今回は八丁の避難小屋に泊まるつもりだったが、時間が早かったので蛭迄足を伸ばしたそうだ。で、予約無しだったのでブツブツ言われたと怒っていた。全く同感。
 女性は蛭は初めてだが、山には月に一度は登るとの事。装備は確りしている。山ガールの進化型と見た。翌日は檜洞丸に向かうのだが、鎖場が不安だと言う。おじさん二人で「大丈夫!」と請け合う。
 男性は「冬は下らない方が良いなあ」と言うが、その通りだ。驚くほど手入れされ下り易くなってはいたが、急で足元の悪い場所が多いのは確かだ。凍ると厄介に決まってる。
 あたしがハイボールのロング缶を飲んでいると男性は「それ、良いなあ」と言う。その癖自分は酒を持っていないし、小屋で買いもしない。女性も酒は飲まない。
 え、あたしだけが飲んべなんかい? ハイボールの後にはウイスキーを飲むんだし。酒無しの山小屋の夜なんて考えられない。(続)