2017年11月18日土曜日

閑話 その二百三十九




 一昨日、昨日と蛭ヶ岳へ行って来た。本当は檜洞丸へ行きたかったのだが、訳あって大倉へ戻る事になった。「山の報告」ってなもんじゃないので、閑話にしました。
 十六日木曜日、六時四十七分のバスは満員だった。平日早朝なのにこうかよう、と思ったが、早いバスの方が混むのかも知れない。
 自炊小屋泊まりの荷物は10Kg位、高取へ背負って行く12Kgよりは少し軽い。それでも負担にはなるので、ダラーッと行く。殆ど抜かされるばかりだが、未だ未だ先は長いのだから構うこっちゃないのだ。
 幸い天気は上々、日差しを受けて汗は垂れる。それでも登らなくては始まらないので、景色なんぞは夢のうち~♪。
 大階段を登り切って一寸とはほっとする。前後して来た保育園年長の女の子を連れた父親に休んでいた女性が声を掛けた。
女性「偉いわねえ、良く登って来たわね!」
父親「保育園で登ったんですがこいつは登れなくて、どうしても登りたいと言うので」
 え、保育園で塔ヶ岳へ登ったのけえ。高取山で驚いている水準じゃない。どんなに凄い保育園なんだよう。あたしもうかうかしちゃいられないってこってす。
 後は昇りつめれば塔に到着だ。富士山は雲に隠れてしまった。先ずは主脈の一角に辿り着いた訳だ。未だこっから先は長いぞ。一寸と休んで歩き出す。
 相変わらず下りも登りもダラーッと行く。せっせと行ったらバテバテになって、蛭に着けない恐れがあるもんだでよお(涙)。
 日高(ひつたか)を越えると龍ヶ馬場(りゅうがばんば)、主稜線のムード満点である。だだ、少し重いだけの荷物が効いて、急激に疲労が増して来た。
 サラサラと霰が降って来た。後ろから賑やかな女性達の声が近づいて来る。足はやけに重くなっている。続きます。

2017年11月13日月曜日

閑話番外 その百




 夏の高取山で12Kgを背負ってひどい目に会ってから小さなリュックで登るようになった。相当懲りたのだろう。秋になっても未だ12Kgには戻れないでいる。
 其の代わりタイムに挑戦を始めた。過去最高は二時間十五分である。或る程度頑張ったら、矢張り二時間十五分だった。もう一度頑張ったけど、矢張り二時間十五分、これがあたしの限界けえ。
 よし、もう五分何とか縮めてやっど、と先日挑戦して見た。せっせと頑張って、二時間十分で里湯に着けた。やったー!
 彼方此方で何度か、登山者同士の話で「津村の六十八番がつった時に一発で効く」と言う会話を聞いていた。ふーん、そうなんだ。
妻は腰痛から背中の痛みに移行して筋肉が張って、医者から津村の六十八番を処方されていた。それがどうしたってんだ? それがこれからの話に関係するのだよ。
 新記録を出したっても、たったの五分なのだけれど、その五分が中々縮められないの、情け無くはあるですよ(涙)。
 里湯でゆっくり温泉に浸かって、缶チューハイをグーっとやって、箱根蕎麦を食べて帰宅したのは何時もの通り。思いの外快調だ。
 帰ってから右足の甲がつり出した。矢張り相当負担を掛けていた訳だろう。寝ても立っても座っても痛みは募るばかりなの。
痛さでウロウロしてると、妻がどうしたかと聞く。甲がつったと言うと、妻は津村の六十八番を飲めと言う。うん、試して見よう。
 いやあ驚きました。飲んだ瞬間すーっとつりが収まった。噂は嘘ではなかったのだ。結構感動ものである。足の甲のつりは手の打ちようが無く、思いの外面倒な症状なのだ。一発ですよ、一発!
 リハビリにせっせと通った山で、タイムに挑戦できる様になったと言うのは、とても有り難い事なのでした。

2017年11月10日金曜日

休題 その百九十九





 ウオーキングデッドのシーズン7がネットフィックスにも登場した。シーズン6を見終わったのが今年の一月なので、十ヶ月ぶりだ。
 さて、と見始めたが、途中で止めて仕舞った。何故? 思いも依らなかったけれども、ウゼーって感じだったのだ。
 楽しみにしてたんですよお。それなのに始まって見るとウゼー(!)。 何なんだってんだろうね?
 シーズン6の最後迄、毎日の様に数話ずつ見続けて一気にラストに至ったのだ。完全に勢いに乗ってた訳ですなあ。あ、無理して引っ張ってるな、無理やりこじつけてるな、とは感じ乍らも引っ張られたって事だろう。
 十ヶ月の空白を置くと、其の熱は当然覚め果てていて、物語に入って行けずに外から(無意識に)冷たく眺めて仕舞ったのだろうと推測できる。
 元々が無理やりな話の連続なので、うっかり我に返って見てしまえば、まあ、そうなりますなあ。
 それとパターン化された独裁的リーダー、どうしてこういう奴ばかりが実権を握るの? これが文化の違いだとは既述だろうが、何とも違和感を禁じ得ないのだ。
 あと、ゾンビが「ウーワーガー」と無闇と煩い! ゾンビものなので仕方ないんだけど、やけに都合よく出て来たり引っ込んだりが、これまたウゼーなのだよ。
 よくぞこんな物を喜んで見ていたもんだ、と改めて驚くが、其れだけ引っ張るのが上手かったと言う事なのだろう。あたしもまんまと術中に堕ちて仕舞った訳だ。
 暫く放って置いて、今度は覚悟を決めて続きを見るつもりだが、それでもウゼーと感じたならば、スッパリとさようならですな。
 大体からしてTVドラマを、覚悟を決めて見るってえのが既におかしい。本心では又引っ張りまくって欲しいと思ってるんだからね。

2017年11月7日火曜日

休題 その百九十八




 二十年以上も御厄介になった会社を辞めたのは平成十八年七月だった。五十八歳の時だ。翌年四月十五日から、水道局の下請け会社で契約社員として働いた。
 催告と称する仕事で、料金未払いの家を訪ねて催告状とコンビニ払いの支払い用紙を投函する。在宅の時は手渡しだが、その場で集金できる事もある。
 原付で走り回る仕事なので、雨の日は嫌だった。紙を扱ってるもんで濡らしてはいけない。コピーしてマーキングした地図も濡らしてはいけない。
 冬の寒さも厳しいもんだった。帰って来て釣り銭を数える時には、硬貨が霜を被って真っ白になっているのだ。
 夏は風を切って走るので走行中は増しだが、メーターを探して読まなければならないので、ごそごそ地べたを探っていると耐え難い暑さであった。六十四歳の誕生日迄そこで働いた。
 郵便配達の諸君を見ると其の頃を思い、大変だろうなあと呟く。良い季節はあっという間に去ってしまう。殆どが寒いか暑いかなのだよ、これがさあ。
 郵便配達は若い人が中心らしいので平気なのだろうが、それでも厳しいには違いがないだろう。特に冬の雨の日は泣く思いの筈だ。雪の方が未だマシだが、降り積もると走行が危なくて、特に坂では冷や冷やする。
町田は坂が無闇と多いので、他人事乍ら気にはなっている。慣れきった走りをしているけれど、ご苦労様です。
 宅急便にしろ郵便にしろ、現場の人達は大変なのだ。クロネコヤマトがアマゾンに注文を付けたのは極めて当然の事だ。さもなきゃ配達現場の人を確保不能になるだろう。
 世の中は確実に変化している。前迄は買い手市場だったが、今や外にも求人はある時代なのだ。野党は認めようとはしないが、景気は回復しているとこれだけでも分かるのだ。