2014年11月17日月曜日

閑話 その百三十一




 百三十の続きです。
 右から植林が来るが、状況は悪化した。手入れがしてない上に古い枝が何本か横たわり、其れに小枝や何やらが積み重なって蔦が幾つも絡むと言う、腰の高さの妨害物が3m程の幅で待ち受けて居るのだ。
 新雪の中でもがいて居る様なものだ。足を置けばずぶずぶ踏み抜く。膝で抑えて片方の足を薦め、又膝で抑えるのだが、足を上げようとすると蔦が絡まって上げられない。
 そんなとこを二、三ヶ所突破した。偉く嬉しい。時間ばかり掛かって、一生懸命じたばたするのだから。とても物好きで有る。
 其の騒ぎを終えると、普通の藪になって目出度い。二つ目のピークを下ると、左から踏み跡が合流して来た。其処を来れば藪漕ぎはパス出来るのだろうが、あたしゃそんなの嫌だもんねー。藪を漕ぐんだ。
 踏み跡に沿ったり外したりして直登すると、林道に飛び出した。斜め向こうに踏み跡が山へ入って行くので、其処を行く。写真は林道から見た高取山だ。
 植林帯を登ると、又林道に出る。今度はモロに山肌を削った道なので、コンクリートの壁になって居て、山に入れない。ウロウロした揚句、左の植林を目指して緩く下る。
 ビンゴ!植林道に入れた。だが、藪っぽい。今迄から比べれば天国だ。文句を言わずに登った。すると又林道とコンクリートの壁だ。
 此の林道は稜線直下に近い。左に林道を行く。先に伐採地が見える。あそこから山に入るのだなと思って居たら、右に古い階段が有ったので、しめしめと山に入る。
 しめしめでも無かった。薄い藪だが、棘の有る木が多い。山椒が中心なので香りは良いのだが、少々痛い。
 間もなく伐採地に出ると、歩き易い事此の上無し。伐採が終わって植林帯に入ると、稜線が林道なって居る。明らかに車が通った路だ。伐採の為だろう。続きます。

2014年11月14日金曜日

入門の山 その一



 取り敢えず纏めて置こう。何を? 丹沢山塊をだ。前章の如くに地形的にでは無く、登山としての位置付けをだ。そんなのどうでも良いって? はっはっは、そりゃあ何時もの事でしょうが。(迷惑?) 
 登山の入門編としては、少なくとも南関東では丹沢だ。奥多摩も入門編の山だが、丹沢には遥か遠く及ばない。
 何故だからって、昔の冬山入門の本でさえ丹沢が第一章なんだよ。えーと、此れだけじゃ根拠が薄弱かな。
 奥多摩も良い山では有る。一通り登ったので分かる。登山者が多いのも尤もだ。唯、丹沢の方が男らしい山なのだ.。あ、此れはあくまで私感ですよ。
 前章の三ヶ所のハイライトは勿論だが、山自体が男性っぽいのだ(くどいでしょうが、私のイメージです)。
 と言う事は、奥多摩が女性っぽいとなる。其の通りです。良し悪しでは無く、好みの問題だ。私は男っぽい丹沢が好きな奴だ。
 詰まり丹沢の方が荒っぽい一面が有るって事で、尾根筋もそうだけど、特に沢に表れる。大昔の案内書は全く其の思想で、沢を案内する為に尾根筋も案内しておこう、に近い書き
方をして居る様に感じる。
尤も、西丹沢には(私の区分では中央丹沢でも)登山道なんざ無い頃なので、尾根筋の案内んぞは殆ど無いようなもんなのだ。その癖沢は克明に説明して居る。
 従って、丹沢の次は谷川岳、となった訳だ。一方、奥多摩の次は奥秩父と言うのが、自然な流れなのだ。但し、大昔の話ですよ。
女物の下駄を突っ掛けてザイルを肩に、沢に入って行く時代の事。思えば変な流行りだったですなあ。尻には山犬の毛皮をぶら下げちゃってね。一寸と懐かしい。あ、此れは戦後の事ですから。
 (入門の山 その二へ続く)

2014年11月11日火曜日

閑話 その百三十




 七沢方面から厚木に帰る時、右に小山が有る。新緑の季節は、見事な若緑だ。あれは何だろうと地図を見ると、大山の展望台から南東へ下る尾根の末端だった。
 展望台から一寸との間尾根を行って、左へ下って行くのが日向薬師へのコースだ。下らないで尾根通しに行くと、653,3mピークだ。十二年程前に、S、Kと展望台から来て、其処から南に大山町へ下った事が有る。
 勿論道なぞ無い。ピークの辺りで、地図を見る単独行者に出会ったが、彼は尾根を末端迄下る積りだったのかも知れない。
 あたしの歩いて居ない尾根なので気になって居たが、十一月初旬に行って来た。ハイクのお誘いにしようと思って居たが、止めた。
 藪と林道と藪っぽい植林なので、とてもお誘いなんざ出来ない。極まれに居る藪屋は別だが、普通の神経の人には、世にも酷いルートだと思われて、あたしははたかれるだろう。
 山の報告ってなもんでも無いので、閑話にこんな山も有った、と書いておこうと思った次第です。
 日向薬師行きのバスで地図を睨み乍ら行く。うん、次の尾根がメインだ。小学校の次の停留所で降りて少し戻る。尾根の末端は切り落とされ、コンクリートの台で土止めされて居る。此処から取り付くのだ。
 台の横を登る時、既に藪が煩い。台の上から藪に飛び込む。詰まり、バス通りから藪に飛び込むのと同じだ。良く見ませんか、山際の密藪、モロに其れで有る。
 二十分程はひたすら藪漕ぎ、スズタケ漕ぎになったらほっとする有様。普通はスズタケ漕ぎだって、鬱陶しいものなのだ。
 スズタケになって楽になり、暫く登ると左下に伊勢原温泉の駐車場が見える。温泉から取り付いた方が近いのは分かって居たが、末端から取り付かなきゃやる甲斐が無かろうて。
 まだまだ序の口でした。続きます。

2014年11月8日土曜日

クソ面倒な話 その七十三




 前に、反省しない謝罪をした朝日、と書いた。至極当然な事で、首尾一貫して居る。朝日新聞の目的は微動だにしないのだ。
 あたしは朝日は購読して居ない。産経からかネットで情報を得て居る。たまに外で目を通すだけだ。それでも論調は分かる。
 朝日は、メディアの役割は権力の監視だと言う。尤もな話では有る。但し、民主党政権は別で有った様だ。お気に召さない政権の監視、と正確に表現すべきだ。
 新聞だから不偏不党だなんて、決して在りえない。己の立ち位置は夫々有って然るべきなのだ。又、そうで有る自由も保障されて居る。堂々と立ち位置をはっきりさせるが良い。不偏不党を装うから欺瞞なのだ。
 朝日の立ち位置は自分では明かさない。従って推測するしかないが、あくまで私の極めて個人的な見解で有る事をお断りしておく。
 面白い事に、日本の利益に反する主張をするのが、基本的方針の様だ。捏造の慰安婦問題や南京虐殺問題でも、論調は韓国紙、中国紙と軌を一にして居る。一体何処の新聞なのだろう?
 韓国紙、中国紙と軌を一にして居ても、其れは責めない。たまたま同意見だったのだろう。
 許せないのは、根拠が崩れ去っても論調を改めもせず、検証も行わない事だ。いや、検証は行ったかも知れないが、結果は不利だった筈だ。じゃあ知らん顔しとこおっと、と行動した訳かな?
 ばれて来て追い詰められ、往生際の悪い訂正記事を出さざるを得なかった。其れも吉田調書を主として、慰安婦問題の吉田文書はおまけ扱いだ。同時に混同しやすい記事に言及するのも、作戦では?と疑う。
 朝日新聞の立ち位置は、日本の不利益の追及。これが私の個人的見解で有る。