2013年2月18日月曜日

クソ面倒な話 その五十六




 国際裁判所(呼称は別です)が機能して居れば良いのだが、機能して居るとは言い難い。どうもしてはくれないのだ。ま、白黒だけは 付けてくれるかな。
 でも、相手が国際裁判所の判断を認めなければ、はい、其れ迄よ~♪
 尖閣諸島に目を付けたが、中国は南支那海(支那が変換出来ない。チャイナは良くて支那が何故悪いの?)の様に軍艦を出して、露骨に制圧はしない。
 理由は?
 今の処、信じ難いだろうけど中国海軍は自衛隊には勝てないからだ。空母も持って居るけど、運営するには時間が必要だ。運営出来た時は、どうなって居るかは不明だ。
 だが、バックに米軍が居る。勿論、日本が絶対尖閣諸島を守る覚悟が有れば、の話なの。誰が他人の土地を、本人が守る気概も無いのに、命懸けで守ってやるのだろうか??
 尖閣諸島問題は、俗に言う平和主義者にとっては、頭の痛い事だろう。こっちが幾ら理屈を通しても、あちらが言う事を聞かない。大々だーーい好きな“話し合い”が、成立しない。だから、何時もの決まり台詞、「双方で良く話し合うべきだ」とは言えない。
 せいぜい言えるのは「自重して」位なのだが、こっちが幾ら自重しても、相手はエスカレートして来るのみなのだから、此れも言い辛くなっただろう。とうとう日本の艦船に対しレーダー照射(ロックオンで有る)を行ったのだから、事実上の戦闘行為で有る。
 日本は歪(いびつ)になった為、訳の分からん思考がまかり通って、日本人が平和を愛すれば、どの国も微笑んでくれる、なぞと少女雑誌が様な大人だらけになった。そうは思えない諸君は、右翼だ、軍国主義だと言われて来た。
 あたしが、世に蔓延る思想が変だと感じ出したのは二十歳過ぎてからだ。其れ迄は多数派に同感だった。
 尖閣諸島で戦火を交えずに済む方法はたった一つ、手を出しても痛い思いをするだけだ、と気付かせるだけの備えを怠らない事。
 下手な妥協は前述だが、ヒットラーを暴走させた、イギリス政府の轍を踏むのみなのだ。チェンバレン首相のナチスとの融和策が、第二次大戦の原因だと指摘する人は、極めて多いし、其の通りだと、あたしは愚考する次第。

2013年2月15日金曜日

我がロマンチック街道 その九





 巻機山からは、ほぼ東に稜線は延びて居て、永松山(1634,7m)、下津川山(1927,7m)、此処から東北へ向かい、越後沢山(1860,8m)、此処から北上して丹後山(1808,6m)に到る。此の間の様子と丹後山避難小屋でのドジは、「思い出したくない」の章のトップに書いて有る。
 題名通りに思い出したくも無いので、此処には書かない。もしも興味の有る方は、そっちを参照して下さい。

☆第八区間
 さて、丹後山から尾瀬に到るのが、ハイライトだ。長くて道が無い。正確に言えば丹後山から大水上山(1831m)の間、夏道で一時間弱の間しか道が無い。
 勿論、登山道は兎岳、中ノ岳から八海山、或いは越後駒ケ岳へと続いて行くのだが、上越国境稜線は大水上山から東へ、人気コース(?)と分かれて行って仕舞うのだ。勿論路なんか無い、尾瀬ヶ原に到着する迄はねえ~♪
 此のロマンの最後で有り、且つ八つ目の区切りで有る。此処は山中四泊を掛けた。入山前には越後湯沢の駅で一泊して居る。
 此の区間はYと一緒だった。スタートの第一区間と、ラストの第八区間(時間軸は異なる)をYと歩いたってえのは、何の縁だろうか?Yに聞いて見たい。多分こう答えるだろう。「死ぬ程嫌だったんだけど、しょうが無かったんだよ!!」
 言いたい事は良く分かる。でもYよ、私のロマンの上越国境稜線縦走のスタートとラストを飾れたんだぞ、パンパカパーン!!
 え、そんなの知らねえ、そんなのお前の勝手だろうって?……まあね、仰る通りだよな。確かにYには全く関係無い事だ。でもさ、そんなに嫌なら、春山に誘われても来ないんじゃないのかい、Yよ。あ、答えは要らないよ。分かってるからさあ。御互い野暮は言いっこなしだぜ(ニヤリ)。
 (我がロマンチック街道 その十へ続く)

2013年2月13日水曜日

クソ面倒な話 その五十五




 中国は陸軍国だが、たまに海洋国となる事が有る。北方、西方の圧力が弱った時、詰まり騎馬民族の脅威が消えた時だ。
 代表は、余りにも有名な鄭和の大航海で有る。明の永楽帝の時代、未だツングースは台頭しておらず、平和と繁栄の時代だった。
 鄭和は永楽帝の命を受け、大船団を造る。其の数62隻。最大の船は8000t相当だと言うのだから凄い。コロンブスのサンタマリア号は185tなのだから、桁違いだ。
 2万数千の乗組員を要する大船団は、7度の遠征を行うが、最も遠くはアフリカのケニアに迄達して居る。
 朝貢貿易の促進が目的だったのだから、大艦隊と言い直しても良いだろう。勿論訪問諸国は大艦隊に度肝を抜かれ、朝貢貿易に応じた。見事目的達成で有る。うーん、亜細亜史にとってのビッグエベントなのだが、結局中華思想の宣伝塔なのだなあ。
 さて現在。中共には、北方、西方の圧力は無い。ロシアは中共の後塵を拝するに至ったので、最早脅威では無い。中央アジアの諸国も然り。では、海に乗り出そう。
 お陰で南シナ海は、中共海軍の制圧下に、ほぼなった。中共海軍には、フイリッピンもヴェトナムも勝てない。従って遠慮無く中共海軍が活躍している。
 じゃあ、東シナ海は?尖閣諸島でひたすら国民を煽って居る。工場迄襲わせた。あ、襲わせたって意味が分からなければ、説明しよう。中共では、全ての動きは政府の指示か、或いは認可(含無言の許可)の元に有る。
 中共は全体主義の国家なんだから、極めて当然な事だ。たとえば、天安門事件って検索も出来ないって訳なのだ。
 知らない方が居るとしよう。それがさ、多いんだよね。不思議です。フイリッピンやベトナム(そしてインドネシアや印度)が、日本が毅然と中国に(軍事的にも)対処する事を望んで居るのだ。
 マスコミの所為にしたかったが、止めた。マスコミも商売だ。人々が読みたがる、或いは見たがる、或いは聞きたがる情報を提供するのは、当然だの事なのだ。
 嫌で有ろう話は続きます。

2013年2月11日月曜日

我がロマンチック街道 その八





☆第七区間
 巻機山から丹後山への路無き雪道が、七つ目の区切りとなる。これ又若かったので、駅一泊、山中二泊で歩いた。今なら山中三、四泊の予定で組むルートだ。でも合理的でしょう。若い時に厳しいコースを終えて置く。比較的優しい所は、老後の楽しみに、取って置くってえのは。
 巻機山も清水部落から登る。前述の通り、山スキーヤーと登山者が混在して登る。途中からは完全な雪道となるのだ。ピークが三つ有って分かりにくいとも書いた。
 でも、分かりにくくて問題が有るのは、巻機山に登ってから主稜線を行く人間に取ってで有って、三つのピークの東端の牛ヶ岳の一寸と南から、東に下る主稜線を見つけなければならないのだ。ま、視界が効けば何でも無いんだけどね。
 閑話で白馬蓮華岳で六人の遭難について書いた。其の時、私の経験で、晴天が見る見る吹き降りになって、氷点下に気温が落ちたと書いた。
 其れが此の時の巻機頂上だったのだ。登って居る時は快晴で暑いの何の、頂上では突然氷点下の吹き降り、私には良く有る話で凄く嬉しいよ、本当にさ!スキーヤー達も喜んで逃げ散ったよ!
 でも、視界の利くうちに方向は掴んで置いた。同時に先行パーティのトレースも確認して置いたのだ、フッフッフ、何のかんのと言い乍ら、意外と私も確りして居る(時も有ったとね。今はボヤーっとしとるばい)。
 とは言いつつも遥けくも来たものよ。吾妻線の長野原草津口から入山し(実際は下山したんだけど、便宜上入山口とする)、巻機山と言えば、上越本線の六日町だ。六回に区切って来たのだが、良くぞ歩いた。と、我乍ら感心しちまうのだが、多くの部分は若い頃なので、何て事無かったよ、が正しいのだろう。当然乍ら、今(年を取った)の感覚とは偉く違うのだ。
 (我がロマンチック街道 その九へ続く)