2011年8月5日金曜日

休題 その七十


 あたしは此れでもスポーツ心臓で、肥大・変形しており、検診の時に「何か運動をして居ましたか?」と訊かれたものだ。
 若い頃は飛ばした。そして(此れが大きいのだが)飛ばせた。四十代半ば迄は、山では
抜かれるより、抜く事が遥かに多かった。特に下りはピョンピョン下った。
 月に一度半から二度は、山に入って居た。そんな状態が十五年以上続いた。従って、ス
ポーツ心臓になった訳だ。と同時に膝の軟骨も、当然乍ら磨り減って居たのだが、筋肉が支えて居て、何の支障も無かった訳だ。
 ゲンチャリを乗り回す仕事に変わって四年
余り、其れ迄は歩いて仕事をして居たのが、歩かなくなり、山に行く回数も、モロに減った。年に四~五度だ。
 十日程前から、左膝が痛みだした。殆ど無
かった症状なので、其のうち直るさと思って居たら、一昨日の夜から激しく痛み出した。寝返りをうつ時は、右膝で左膝を支えてやっと、と言う有様。
 昨日、止せば良いのに仕事に出かけた。先ず階段が下りれない。横向きで片足送りで降
りる。仕事中には登る事も出来なくなって、早退と決めた。
 レントゲンの結果、軟骨が減って居るので、筋肉を鍛える様にと、医師に言われる。とほ
ほほ。。。。。
 駄目だこれじゃ。脚の筋肉が売りだったの
に、何と情無い有様なのだ(涙)。将棋指しが、趣味で将棋でも覚えたらどうですか、と言われた様なもんだ。酒びたりになって、だらしなく暮らして居ると、そうなるもんなんですなあ。
 今日も痛くて、会社は休んで居る。出かけ
る事も侭ならず、ブラブラして居るしか無い。こんな事で休みを使いたく無いが、仕方無い。
 真面目に脚を使って筋肉を鍛えて行かなきゃ、唯のアホおじさんで終って仕舞います。

2011年8月2日火曜日

下りは辛いよ その一


 此れは私が捻くれて居るからだろうが、山を下って居る時、登りの諸君と擦れ違う時に、変な優越感に似た感情が起きる事が有る。横に避けて、「ゆっくりどうぞ」なぞと声を掛け乍らも、「俺はもう頂上は踏んだんだぜ」と心の何処かで思って居るのだ。
 我乍ら性質(たち)が悪い奴ですなあ。私
程じゃ無くても、似た感情を抱く人は多いんじゃないかと見て居るのだが、自分を人に投影して居るだけだろうか?蟹は自分の甲羅に合わせて穴を掘るってさ。
 尤も常に其の感情が湧く訳では無く、頂上
を下り始めて暫くの間が、該当部分だ。其処を越せば、唯の一生懸命下るおじさんになって仕舞うのだ。まあ、許せる範囲の性質の悪さだろう。外にも大勢同じ思いの人も居る事だし(え、話が違うって?さっきは善人振っただけなの、其の位見抜いてよ!)。
 で、今回は下りの章です(変なのー)。

 山の話となると、殆どが登る話になる。当
然だ、苦労の殆どは登りに有ると言っても、過言では有るまい。
 処が思い返して見れば、下りと言っても決
して侮れないのだと、気がつく。下手をすると、登りより苦労する場合も有った。
 迷った話のZの苦労なぞ、其の最たるもの
だろう。下りになると泣き叫ぶMも、間違い無く典型例だろう。両方とも説明済みなので、此処では触れずに置くとしましょう。
 前述で失礼こきますが、ブナ立尾根の下り
は凄い。偉く急な上に息を吐く間が無い。一歩一歩の段差も大きく、下手をしなくとも膝が笑い出す状況だ。そんなのお前だけだって?ま、確かにそうなんだけど。
 天下の裏銀座の下山路なのだ。多くの人が
下って居る訳だが、調べた訳では無いけど、確かに皆さん泣き言なんて言ってないなあ。無理してんじゃないのかな。(違う?)
 裏銀座を歩き通した喜びで、下りの辛さは
吹っ飛んだ。うーん、有り得るな。或いは、登りの方が、或いは縦走の間の方が辛くて、下りは意識に残らない。結局、其のどっちかでしょう。
 世にも哀れなのは、何をトチ狂ったか、ブ
ナ立尾根を登りに選んだ諸君で、生ける屍の様相を呈するに到るとは、これまた前述なのだが、明けない夜は無い、何時か稜線に辿り着く事を信じて登るのみだ。
 表銀座なら下山道は、あー、合戦尾根だ。
嫌だなあ、あそこは登るのも下るのも。尤も合戦尾根から入る人の方が多いかも知れない。そうなれば下山道は槍沢だ。長くて嫌だけど、其れ程は苦しめられないので、逆コースで合戦尾根を下山道としよう。
 と決めたは良いが、合戦尾根の下りで苦し
んだ覚えが無いのだ。何だそりゃあ!
 お怒りはご尤もです。昔に下ったからで、
今下ったらと考えたので、嫌だなあと書いたのです。
 (下りは辛いよ その二へ続く

2011年8月1日月曜日

おまけ


 ではご希望にお応えしましょう。

 はい、皿うどん!!

2011年7月29日金曜日

休題 その六十九


 此処半年程、日曜日は妻と一週間分の買い物をし、リンガーハットへ寄ってチャンポンを食べて昼食として居る。
 妻はチャンポンだったり、皿うどんだった
りするが、あたしはチャンポン一筋で有る。良く飽きないもんだと、我乍ら感心する。でも、とても美味しいから良いのだ。
 あたしがチャンポンを好きだと言うと、殆
ど(80%位)の人は「へー」といみ不明な反応か、「あんな気の抜けてたもんが好きなのか!!(変わり者だなあ)」との反応なのはあたしも其れ程は馬鹿では無いので、手に取る様に分かる。
 可哀そうな人達で有る、あんな美味しい物
も分からずに、唯生きて居る。とても哀れだ。生きてる甲斐が有るのだろうか?
 ま、チャンポンで人生が決まる訳では無いので、余計なお世話で有ろうとは、理解出来る。
チャンポンで決まる人生が有ったら、面白可笑しくて、笑っちまう。
 チャンポンは長崎発生なのはご存知の通り。当時の留学生に栄養を付けさせ様と、中華料理店
が始めたのが原点だ、但し、潅水が入って居ないので、強いて言えばラーメンでは無くうどんの仲間で有る。
 で、リンガーハットだけれど、殆ど田舎でャ
ンポン提供して居る。詰まり、町田も田舎なんだよー。
 長崎で此処が最高のチャンポンだと、顧客に連れて行かれた。確かに味わいが深い。海老も
イカも漁りも多かった。スープも味わい深かった。
 リンガーハットと長崎の専門店の差は、あたしには無視出きる範囲なので、問題無い。

 そりゃあ、長崎の専門店は、味が奥深い。具も多い。

 併しあたしにとっては、チャンポンなら何でも良い分野で、微妙な味わいなんざどうでも良
い。あたしゃあ野人ですなあ。

2011年7月26日火曜日

閑話番外 その五十二


 林道と言えば、今では地図から消えた林道を下った事が有った。三十年前、当時でも最早廃道で、黒の点線だった。
 何処だったかなあ。二ノ塔の中腹だったかなあ。すっかり忘れてしもうた。

 あたしは蜘蛛が苦手だが、山にはまず居ないのが救いなのだが、其の廃道に、悪夢の様
に蜘蛛の巣が折り重なって道を塞ぎ、びっしりと女郎蜘蛛が取り付いて居る。其れも皆大きいのだ。
 怯えて見詰めて居ても日が暮れるだけだ。
意を決して枝を拾い、幾つも投げつけた。女郎蜘蛛は右往左往する。其れを観てあたしゃあぞっとする。臆病です。
 で、蜘蛛を左に寄せて、右側を駆け抜けた
けど、怖かった。情無かった。
 あの林道はどうなって居るのだろう。朽ち
果てて、雑草に覆われて居る事だろう。

2011年7月24日日曜日

クソ面倒な話 その三十五


 皆さんに不愉快な核発電擁護の続きです。
 正しく怖がるとは極めて大事な事で、チェリノブイリの事故の時は、意味も無く十万人の妊婦が堕胎した。
 無知とは恐ろしい。放射能がやって来ただけで、十万人が殺されたのだ。確かに妊娠中に数ラド(1ラド=20センチシーベルト=20000マイクロシーベルト)の放射線を浴びれば、奇形児が生まれる。其れ以下なら、問題は無い。
 此れは、その後の追跡調査と、広島、長崎の被爆者の長期にして且つ克明な調査に依り、明らかで有る。疑う人は然るべき資料を参照すれば良い。簡単なこった。
 放射線(放射線を発生させる物を放射能と称する)は全て危険だと、国連科学委員会が根拠不明な侭決定したのが1958年で、21世紀になっても生きて居る。お役所とは恐ろしい。放射能と同様だ。
 俗に閾値(しきいち)と言われるが、此れ以下なら問題無いと言うラインだ。あらゆるものに設定されて居る(と思う)。
 醤油は普通に使う調味料だが、一升飲んだらやばい。マヨネーズも然り。塩は絶対的必需品だが、一升食べたら、多分死ぬ。
 取り過ぎなければ良いので、其の線引きが存在するのだが、国連科学委員会は其れを認めず、どんな微量でも放射線は毒だと決めた。
 今日の東京は0.06マイクロシーベルトで有る。此れは人類誕生以来、自然に浴びて来た放射線と殆ど変わる事は無い。福島なら0.046、危険地域は16.6。
 冗談を聞いて居る様なもんだ。宇宙飛行士が聞いたら笑っちまうだろう。
 微量、中量被爆は体に良い。放射線の降り注ぐ地球で生きて来た我々生命体なのだ。放射線を浴びるのは、折込済みで有る。
 あたしはどんなにか非難されるでしょうね。でも嘘はつけないので本当の事を言いました。

2011年7月23日土曜日

おまけ


 ユーシンから玄倉の間に、真っ青な湖(人造湖)が有ると書いた。其の写真です。
 唯、水を中心としたのでは無いので、青さ
が伝わらないかも知れない。済みません(ペコリ)。

2011年7月20日水曜日

林道歩きは嫌だけど その五


 マスコミの目的は私が言うも愚か、私も愚か(はーい!)、当然経済だけど、自分の立場は明らかにすべきだろう。そうでなきゃあ、単なる卑怯者になっちまう。ま、私が何を言ってもゴマメの歯軋りですなあ(死語?)。
 突然話は変わるが、車には渋滞という大敵
が居る。これもYと、夏、東名で帰って来た時の事だ。厚木をITを過ぎてしばらくして、止まったきりになった。本当に、全く動かないのだ。十五分位待って諦め、エンジンを切った。
私「Y、火器を出せ、コーヒーを入れよう」

 二人のコーヒーが沸いた。どの車も未だピ
クリとも動かない。と、何と、私のカップに大きな蛾が飛び込んだ。
私「あ、蛾、蛾が、蛾が」

Y「何をがががが言ってるの」

私「カップに蛾がはいったんだ」

Y「ぼやぼやしてるからだ、ほら、カップを
寄こして」
私「ぼやぼやなんて、してないないもんね」

 もう一杯沸かして飲んだ。のん気なもので
すなあ。あれだけの車が有っても、コーヒーを沸かしていた車は、少ない筈だ。(いねーよ!)其のうち車はやっと動き出した。減速したり加速したり、不安定に進んだが、事故でも何でもなく、横浜ITで降りる車が詰まっていたのだ。
 あれには参った。どおりで、横に走っては
立ち小便をする奴が多かったのだ(違う話?)。子供連れの人は、さぞや大変だっただろう。桑原桑原、夏休みに車で出かけるのは鬼門だ。
 裏丹沢に車で入る方、冬の413号線(道
志道)は雪が凍っている事が有る。とても危ない。ヤビツ峠越えもそうです。気をつけてお出かけ下さい。何か有っても、あくまで自分の責任ですからね。道が凍っていたがどうしてくれる、と変な訴訟なぞ起こさないようにお願いします。

2011年7月18日月曜日

閑話 その七十


 面白いもので、珍しくも調べた(オーバーなんです、此のブログを逆に追っただけ)んだけども見つからないので、諦めた。
 何かと言うと、モミソ沢に三度挑戦し、仕
舞いにゃあ右に逃げたのに、本流の左(正確には右岸)をに下って居たと言う、どう考えても理解不能の行いを、前に書いた。妻に「あなたも衰えたわねえ」と言われたとも書いた。
 やっと、やったー!!四度目の正直だ。白
状すれば、最初は妻と行って間違えて、水無川を登って戸沢出会いに着き、仕方無く他の沢を登ったので、本当は5度目なのだ。
 え、モミソ沢を5度目にしてやっと詰めた
って?馬鹿じゃねえのか!
 其の非難は甘んじて受けよう。本当にそう
なんだから、文句は全く無い。
 さて昨日、Yと落ち合って林道を行き、水
無川へ下って、モミソ沢へ入った。初っ端から狭い沢に小さな滝が連続して居る沢なのだ。
 何箇所かは、苦労した。スタンスが高く、ホ
ールドが無い。あたしゃあ何とか登ったがYが胸近く迄脚を上げられない(腹が邪魔で)。
 本当に小さな滝だけど、Yは進退窮まった。

Y「駄目だー、降りる!」

私「下れるか?」

Y「無理だよー」

 サブザイルを持って居れば何でも無い。誓い
ます。此れから沢登りに行く限りは、サブザイルを持って行きます。
 結局、ベルトを伸ばして、首尾良く引き上げ
たけど、もう少し高い沢だったらどうしようも無い。
 間違える事も無く、上手く枝沢に入って、堀
山のピークにたてた。決して感動する場面では無いけど、嬉しかった。
 其れにしても、何でいつも失敗して居たのか
分からない。此処でも狐に化かされて居たとしか思えませんな。

2011年7月17日日曜日

林道歩きは嫌だけど その四

 処が、カットしようにも車両通禁止の道が偉く多い。環境上はとても良い事で大賛成(不便だけど)なんだけど、車両通行禁止の動機が悪い。
 最初に謝っておきます。以下の二例は聞い
た事で、調べた訳ではありません。不精な私なので、さも有りなんと思った事を覚えていたで、事実かどうかは保証しかねます。どなたかが調べて、私の間違いを指摘されれば、素直に認めます。
 さて、昔々の事、水ノ木の林だった思う
が、バイクの青年が事故って亡くなった。遺族の方が、不備な道を走らせたといって訴訟を起こした。
 確かに不備な道だ、林道だからね。でも本
人は承知で入ったのじゃないのかな。もし知らずに入ったなら、ヤバイ道だ、舗装も無いし、と思うでしょう、普通。普通でなきゃあ話は終わり。猫を電子レンジで乾かして死なせた奴がアメリカで勝訴したが、生き物を入れてはいけないという一文がなかった為で、石を沢山呑んだら死にます、そんな事は知っておくべきだ。では何か、万が一説明書に書いてなければ、包丁で指を切っても訴訟を起こすのだろうか。
 流石に飛び過ぎた。私は時々極端に走る性
癖があるので、自重はしてる積もりなんだが、ここぞってえ時に出てしまうのは、誤魔化し切れないのだ。情け無くは思うけれど、本当の自分なんだから、仕方無いのです。
 バイクの青年に話を戻す。

 で、そんな状況では極度に注意するか、或
いは引き返すかだ。その見極めもつかなけりゃ、バイクの免許を与えた陸運局が悪いのだ。(私の本心ではない。陸運局ではなく本人が悪い。其処まではっきり言うべきではなかったって?……確かにそうです)
 その青年は運が悪かったか、腕が悪かった
かのどちらかだったのだろう。整備が万全の国道でも、事故は無くならないのだ。ご遺族の残念な気持ちは分かるけど、誰かのせいでは決っして無いのだ……。はっきり言えば、本人のせいだ(心遣いが足らぬ文章なれど、第三者の私としては、他に言い様が無い)。
 お陰で通行禁止だらけになって、木々は喜
んでいる事だろう。実は私も、不自由だと言いながらも、良い事だとは思う様にして居る。
 これも昔々、奥多摩(だったと思う)で、
桟道で怪我した人が、近くの山小屋を訴えたとか聞いた事がある。山小屋が山道に責任を持つの?ディズニーランドじゃ無いんだ!じゃあ何か、山小屋が周りに全部責任持てって言うのか?面白い発想だ。

 聞きたいのだが、海の家が、水死した人間に責任が有る訳?交通事故は道路管理者(国か地方自治体)の責任って事ですか?それでは、貴方の家の前でたまたま死んでいた人は、貴方の責任だ!
 又もや、強弁し過ぎでした。(ペコリ)

 山(林道も)は自己責任の世界だと、私は
認識している。天候が悪化しようと、雪崩に埋められようと、岩から滑落しようと、落石(自然落石です)に当たろうと、薮の中で野垂れ死のうと、渡渉に失敗して流されようと、雷に打たれようと、誰のせいでもない。飽くまで己の力が及ばなかったのか、或いは運が悪かったのだ。外には勿論何も無いとしか思えない。他に何があるんだろう?CIAの陰謀かな?そんな映画は飽き飽きだ!
 それが分からない者には、決して山に近づ
いて貰いたくない、と私は思っている。それでも近づいて来るならば、飽くまで自己責任でお願いします。
 一寸と待って
(プレイバック)。自己責任って言葉はマスコミに使われだしてからは、陳腐な手垢塗れの言葉になってしまった。マスコミとはあらゆる言葉の精気を奪う、もののけの神みたいな存在なのだろうか?勿論そうなんだけど。
 (林道歩きは嫌だけど その五へ続く)

2011年7月13日水曜日

柄でも無い事 その三十一


 見っとも無いイラストで失礼。

 雪山、特に春山ではサングラスは必需品なのだ。冬山は日差しが弱いので、サングラス
無しでも、何とかなる。だが、四月末から五月初めの日差しは凄い。サングラスを装備しないと、族に言う雪目暗(差別用語だなん野暮を言う事なかれ)になっちまうのだ。
 閑話では無かった。
 サングラスの話だが、三昔以上前はゴーグ
ルだった。ガラスで無くプラの、何て呼ぶんだろう、あの眼鏡ならレンズに相当する奴を。兎に角、黒では無く茶色を使って居たが、消耗して仕舞った。
 で、代わりを買わなくちゃならないんだけど、柄にも無く、レーバンが欲しくて、買っ
ちまったですよ。しかも皮が付いて居て、極力光の入らない奴を。アウトドアー仕様だ。
 処が重い。其れは良いとして、使うのが勿体無い。詰まり、貧乏人の発想其のもの、柄通りの話になっちまったですなあ。
 実際は重い上に使い勝手が悪い。マッカー
サーは山を歩かなかっただろうから問題無かっただろうが、矢張り登山用では無いって事なのだ。餅は餅屋です。
 じゃあ、専門の登山用のサングラスにした
かと言うと、あたしゃあそんな甘い男じゃござんせん。
 一時流行った真ん丸いサングラスに、人民解放軍の帽子(レプリカです)を被って山に
行ったが、結構怪しいおじさんに見えるらしく、止めた。気に入って居たんだけど。
 其れからは、プラの安物で通して来た。軽くてとても良い。其の癖UVカットだと謳っ
てんだから、多分そうだろう。
 でも今一つ不服が有ったが、今年は大きめ
で丸っこく前に出て居る安物を使用した。此れは優れもの、軽いし、汗が逃げるし。
 欠点は一寸とあたしに似合わない事。ふっふっふ、そりゃあレーバンの方が似合うさ。

 あ、非難轟々になっちまったかな?

2011年7月10日日曜日

林道歩きは嫌だけど その三


 ユーシンの大分手前に車を置いて、ユーシンへ入った事もあるので、結局全部歩いてはいるのだ、えっへん(威張る事かい?)。
 其の時は、工事の為の通行止めで、途中に
車を置いて、ユーシン迄の道のりを半分位歩いた。Yと一緒だった。曲がったトンネルが有って、入ったは良いが、すぐ真っ暗になり、手探り、足探りでも、どうしても前進できず、引き返してライトを取り出したら、ちゃんと通過できた。真っ暗とは、歩けないものなのだ、と思い知ったのだ。
 補足すると、掘りっ放しの、でこぼこ隧道
だったので困難だったのだ。今は車は通れないので、歩く人も多いだろう。渓谷美を楽しみながら行く道なので、救いが有る。それに、あのトンネルは面白いですね。(今はトンネル通行不可(平成二十一年春現在)念の為)
 その点、浅瀬から地蔵平への道は、淡々と
して、救いが無い。一時間五十分だが、バスで来て浅瀬入り口からとなると、二時間五十分なのだ。
 今でも簡易鉄道が有ったら乗るのになあ(
おいおい、簡易鉄道は水ノ木行きだよ!)。造ってくれないかなあ。乗る人、月に何人?えーと、百人位かな、全然分かんないけど。造るのに幾ら掛かる?うーん、分かんないけど、一億でどう、矢張り無理?
 あいよ、よー
く分かったよ、我侭は言うまい、私は黙って歩くよ!全く、経済には勝てない。
 しかし浅瀬までは車道で車も多い。長いト
ンネルが有るが、これは暗くないので、ご安心を。とは言っても浅瀬の人は歩くんだから大変だ。え、皆車だって?そうだよねえ。
 神ノ川へ入るのも、ヒュッテ迄で二時間一
寸とだ。全部は歩いていないが、ヒュッテから社宮司沢入り口迄は歩いた。左右の山が大きいので、多少は楽しめる道だった。でも、ユーシンへの道と比べると、ちと見劣りします。
 犬越路から降りて来て、車で下っていたら、
機動隊の車が十両程連なって来るのとすれ違った。連合赤軍の事件の十年以上後だから、全く無関係だろう。裏丹沢で山狩りの訓練と判断したが、ご苦労様です。
 さてと、林道も西の外れに来た。

 明神峠から上野(バスの始点の部落)へ下
る道はモロに舗装された車道だが、広々とした展望の、とても気持ちの良い道だった。いかにも丹沢の西端らしく、御殿場を見下ろし乍ら下るのだ。難点は、車がうるさい事。下るには一時間である。
 どうでも良いような事ばかり並べて、一体
どうしようというんだろう。
 うーん、矢張り、林道の話じゃ力が入らな
い。実際の処、できたら通らずに済ませたい部分なのだから。車で行けば、全部カットできるのだが、そうすると同じ所へ戻らなくてはならない。これが以外と制約になるのだ。
 それに、降りてからの一杯が出来ない。それ
では一体何をしに行ったのか分からなくなってしまう(おいおい、山登りだろうがよ!え、そうだったっけ……)。
 (林道歩きは嫌だけど その四へ続く)